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第38話

哲生がようやく東吾のものになったあの日から1年の間に、東吾は長年住んだアパートを出て、哲生と住むためのマンションを買った。 東吾の実家の病院は、医者になった姉が医学部の先輩と結婚して跡を継ぐことになっているので、東吾が郷里に帰る必要はないのだが、独身でマンションを買い、友人とシェアして住むというと、家族はさすがに驚いたようだ。 哲生の方は、一人息子の上京に両親は本当は言いたいことがあるはずだが、離婚で心に傷を負った息子が新天地でやり直したいと言うのを黙って許してくれたらしい。 30にもなるキャリア官僚が住むのに相応しいのはここ、と業者に一押しされた湾岸エリアのタワーマンションは実際窓からの眺望が素晴らしく、哲生がいつ見てもきっと飽きないだろうと思ったのが購入の決め手だった。 東吾が入居した日に、隣の住民と顔を合わせた。 偶然を装っていたが、様子を見にきたのは丸わかりだった。ゲームアプリを開発している会社の社長を夫に持つ主婦で、幼い子供を胸に抱えていた。 ハンサムな東吾に少しときめいていたようだが、彼が男の友人と部屋をシェアして住むというと、顔に不安をよぎらせた。胡散臭いのは、君の旦那も同じだと思いながら、自分は官僚で、友人は建築士、将来に備えて節約するために同居すると言うと、隣人は東吾たちの堅い身元にあからさまにホッとしたようだった。 哲生は東京で転職先を探した。アラサーではあったが、建築士の資格がものをいい、地元で勤めていたのと同じような設計事務所に採用された。身元保証人は東吾が引き受けてくれた。 カミングアウトはしなかったが、バツイチであること、恋人と一緒に住む予定であることを事務所の上司に伝え、東吾が贈ってくれた指輪の嵌った左手を見せた。

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