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一話『この糞野郎とおさらばしたい』

監査委員室は竜ヶ崎学院男子高等科一階の普通教室棟の西側最奥にある。 この階は美術室と生物室、準備室があり廊下を挟み向かい合いに 写真部と美術部の部室がある為普段教室のドアが開かれていない限り廊下に陽光が届くことは無い。 そのため昼間でも暗い森の様に鬱蒼とした雰囲気を漂わせている。 向かいから誰かが歩いてきても、目の前まで距離を縮めなくては相手の顔は朧げにしか見えない。 そして男子高等科二年の一之瀬 彪彦と朝比奈 錦はうす暗い廊下の先、 向かいから歩いてくる互いの顔をハッキリと認識出来た瞬間に、思わず眉間に皺を寄せた。 ただ、すれ違うだけで有れば互いを無視しただろうが――足を向けた先、つまり目的地が同じ監査委員室だったからだ。 「…一之瀬 彪彦。何故貴様がここに居る。」 「そりゃ俺のセリフだ朝比奈 錦。」 嫌いな相手の顔を見て、憂鬱な気持ちがより一層憂鬱になる。 「一之瀬なにか問題を起こしたのか。」 「馬鹿が。そりゃ此方のセリフだ。」 「俺は馬鹿ではない。寧ろ賢い。成績優秀だ。」 「良いこと教えてやるよ朝比奈。馬鹿は自分が馬鹿な事に気が付けね ぇから馬鹿なんだよ。」 まるで子供の喧嘩だ。 普段は物静かで他の同級生たちと比べても大人びているのだが、何故かその大人びた二人が顔を合わせると 途端に子供の様な喧嘩を始めるのだ。 「馬鹿を四回も繰り返したな。土下座して謝れ。」 「朝比奈、土下座の手本を見せてくれ。」 何方ともドアに手を掛けず、顔も見ず横に並んだまま淡々と嫌味を言い合う。 「良いだろう。頭を少し下げろ。」 「何する気だ手前ぇは。」 「お前の頭を掴み、そのまま床にたたきつけ跪かせてやろうかと考えた所だ。馬鹿は口で言うより体で教えた方が早い。」 「よし、歯を食いしばれ朝比奈。口で言うより体に教えてやろう。」 二人の眉間に皺が寄り、眼だけで隣の存在を睨み付けた。 続けて 始まるだろう苛烈極まりない罵倒の応酬を止めたのは「開いてます よー。」とドアの内側から発せられた声だった。 二人を呼び出した張本人、監査委員の相川 亮一の声だ。 ここで初めて一之瀬と朝比奈が互いの顔を見る。 10秒以上顔をみれば殴りたくなるので、顔を合わせたのは一瞬だけだ。 早く用を済ませて、この糞野郎とおさらばしたい。 珍しく二人の気持ちが一つになる。 失礼すると声をかけ、朝比奈が引き戸を引いた。

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