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12月22日(金)〈葵〉

朝8:00。 いつも通り店に入った俺は、いつもとは比べ物にならない程緊張しながらオーダーの列に並んだ。 今日は一体どんな顔をして、何て言えばいいのだろう。 普通に考えれば男同士でも帽子を褒めることくらい何らおかしくないのだからそんなに気にすることではないはずなのだが、それが彼となれば話は別なのである。 昨日帽子可愛いって言ってくれて嬉しかったです?いやそれじゃあ俺の気持ちがバレバレ過ぎて駄目だ。 エプロン姿格好いいです、って褒め返すのは更に気持ちがバレバレだ。 結局悶々と悩んでいるうちに自分の番になってしまったため、変にボロを出さないよう今日は特に何も言わないでおこうと決めた。 それでも今日も何が書かれているのかなとワクワクする心が収まらないのは仕方ないことだと思う。 受け取ったカップに何が書かれているか確認するとそこには何かのIDらしきものが書かれていた。 それが何のIDであるか理解するのにそれほど時間はかからず、理解した途端に昨日と同様に自分の全思考が停止するのを感じた。 いや、昨日以上に何も考えられ無くなっていた。何故なら此処に書かれているものは、彼が自分と同じ気持ちでいてくれているという事を示す最大の証拠だったからだ。 どうやら人は、今まで思い描いていたものが急にこうして現実として手元に落ちて来ると、どうしていいのか分からなくなってしまうようだ。 嬉しいのは確かだけれど、それと同時に今まで空想の世界の話だと思っていて深く考えていなかった男同士という問題が急に現実味を帯び始め、頭を何か硬い物でがつんと殴られたかのような衝撃を感じた。 途端に自分の周りの家族や友達の顔が浮かんで来る。彼等が本当の俺を知ってしまったらどうなるのだろう。今までの普通の生活が壊れてしまうとしたら。 悪いほうに回り始めた頭からはどんどん最悪なケースの未来が浮かび上がり、その全てに圧倒されそうだった。 それでも自分が今何処にいるのかということ、後ろの人が待っているということを思い出し、お礼だけ告げ逃げる様に店を出た。 学校に着いてからも彼のこと、これからのことなどを色々と考えてしまい、家に着いてからもそれ以外のことは何も考えることが出来なかった。 ずっと片思いを続けていた彼が同じ気持ちでいてくれた、なんてそんな夢みたいな話嬉しいに決まってる。けれど、そこで新たに浮かび上がってきた不安を頭から振り払うことが出来ないのも事実だった。 結局その日、俺は彼に連絡することが出来なかった。

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