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第8話

 俺が頭をかきながらリビングに戻ると先ほどと変わらない格好で座り、こちらを見るブルーの偽物がいた。 「明日の天気は?」  試しに聞いてみたが、ブルーはこちらの言葉に全く反応を見せなかった。  ブルーの隣に座り、ため息をつく。  どうやらこちらのことは認識しているようで、ずっとひな鳥のように俺の動きを目で追っていた。  俺はブルーに向き合うと、その頬に軽く触れた。 「うわ、すげえ」  俺も今までブルーに付き合い、こういうロボットの展示会には何度も行ったし、実際に触ったことも数えきれないくらいにあった。  人と全く変わらないを売りにしているロボですら、こんな皮膚の質感のものはなかった。  ブルーはそういうロボを見るたびに「ダッチワイフかよ」と馬鹿にしていたが。  ブルーそっくりに作られたロボは体温こそなかったものの、完全に人のそれだった。  俺はゆっくりと視線を下にやった。  まさかここまでは再現されてないよな。  そう思いながら、ズボンの前をくつろげ下着(これも生前ブルーが履いていたものと同じだった)をずらす。  結論から言うとそこには何もなかった。  つるりとした股間を見た俺が顔を上げると、こちらを見つめるブルーと目が合ってしまう。  まるで自分が変質者にでもなったようで、俺は両手をあげると言った。 「オーケー。分かった。もう二度とここには触らない。だからそんな目で見るな」  そんな俺の言葉にも何の反応も見せないブルーがだんだん憎らしくなってくる。  ジョンならここで気の利いたジョークでも飛ばすところだ。  それとも「これは痴漢という行為ですね」と自ら警察に緊急電話でもかけるだろうか。  あほらしい自分の考えに苦笑しながら立ち上がり、俺は冷めたコーヒーの入ったマグをもってキッチンに向かった。 「まあ、いいさ。美味しい鶏肉料理のレシピ検索も、今日のおとめ座の運勢も占えないお前なんか、明日の朝一番に引き取りに来てもらうから」  シンクに飲みかけのコーヒーを捨て、食洗器にかける。 「俺はお前を忘れるって決めたんだ。生きてる時だって、仕事仕事で誕生日くらいしか傍にいてくれなかったくせに。今更自分そっくりの人形送ってくるなんて嫌味かよ」  こちらの声に反応しているのか、ブルーが振り向いてキッチンに立つ俺を見つめる。 「ああ、お前はいつもそう冷静だった。俺ばっかり興奮して、叫んで……。  ブルー。……お前本当は、俺と付き合ったこと後悔してたんじゃないのか?好きな研究しているのを俺が良い顔しないから。だから最後に俺が嫌がるの分かってて、こんなものくれたのか?」  俺が涙で潤んだ瞳を上げると、ブルーの肩がピクリと揺れた。  俺は、もうこんなもの今すぐに引き取ってもらおうとテーブルの上のスマホを取りにいった。勢いあまって、テーブルに脛をぶつけてしまい、そのまま悶絶しながら蹲る。 「もう嫌だ。」  ふと顔を上げると、じっとこちらをブルーが見ている。  俺の頬に痛みからか羞恥からか分からない涙がつたう。  その瞬間ブルーはすっと立ち上がり、俺の前に来ると膝立ちになった。  こいつ歩けたのか。  まさに人間の動作のように滑らかな動きだった。  蹲る俺を抱きしめ、耳元で囁いた。 「ウィル。愛してる。泣かないで」  それは完全にブルーの声だった。  抱きしめられた体からはぬくもりを感じず、そんなところも体温の低かったブルーそっくりだった。 「何だよ……それ。生きてる時だってほとんど言わなかったくせに」  俺が鼻をすすりながらそう言うと、馬鹿みたいに何度もブルーはさっきのセリフをくり返した。どうやら俺が泣き止むまで同じことをくり返すよう、プログラミングされているらしい。  何一つ賢い機能もなくて、ただブルーそっくりの容姿と俺が泣いたら抱きしめて慰めるロボット。  こんなもん俺以外の誰が必要とするんだよ。  俺はブルーのロボットを抱きしめ返した。  ブルーもしかしてお前は俺が思っているよりもずっと、俺のことが好きだったのかな。   俺の問いに答えるように「愛してる」とブルーのロボが耳元で囁いた。

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