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第1話
『アンタはいらない子なのよ!』
そう、何度も言われ続けてきた。
一人の時でも、頭の中でこだまする。
もう嫌だ。
いらないなら、どうして僕は生きてるんだ。
もう、いっそのこと--
「死んじゃおうかな」
***
「……」
随分と、昔の夢を見た。
思い出したくもない、嫌な記憶。
目覚めが悪すぎだろ……顔でも洗うかな。
俺は頭を掻きながら、布団から出ようとした、が--。
「……赤ちゃんかよ」
俺の右手をぎゅっと握っていたのは、愛しき人……じゃなくて烏 だ。
サラサラな黒髪、雪のように白い肌。
そして、忌々しい両頬の模様。
この模様は身体中にあって、妖怪としての力をほとんど失っているらしい。
なぜそんなものをつけられたのか、いまだにその理由を教えてはくれない。
スヤスヤと眠るその顔を眺め尽くした俺は、ゆっくりと握られている指をほどき、布団から出る。
少し背伸びをしてから、ガタガタな扉へと向かい、力一杯引く。
部屋に心地よい風が遊びに来て、俺に挨拶をしてくれた。
***
「……はぁ!」
入口においていた樽の水はとても冷たく、鬱 した俺の顔を強引に覚まさせてくれた。
「きもち……さて、朝飯でも--イテッ」
頭頂部に突如として痛みが走った。
あぁ、またか……。
痛みのあった場所をさすり後ろを振りくと、狐やら猫やらの耳と尻尾がついた子供達がゲラゲラと笑っている。
「いえーい! ニンゲンに当たったぞー!」
「頭頂部だから、百点満点!!」
「飽きない奴等……」
「よーし、今度はこのデカいので--っ!?」
刹那--
周囲に風がおこり、黒い影が子供達の前に現れる。
「君達、またいじめにきたの?」
彼は子供達の頭上で黒き翼を羽ばたかせながら、酷く低い声でそう言った。
顔はこちらからでは見えないが、きっとあの紅い瞳が冷たく子供達を睨んでいるのだろう。
子供相手に容赦ないな、と毎度思う。
身体を少し左に動かして、子供達の様子を見てみた。
子供達は彼が現れたことにより目を見開いて、口をパクパクとしている。
なんとも滑稽な顔だ。
「ヒィーー! 呪われ烏だー!!」
「逃げろー!!」
子供達は顔面蒼白させながら、悲鳴をあげて逃げていった。
「朝暉 !」
名前を呼んだ彼--朝暉は、子供達の後ろ姿をブスっとした表情で見送っていた。
朝暉はこちらに振り向くと、すぐに表情は暗から明へと変わる。
「京 、おはよう!」
朝暉はふわっと花が咲いたかのような笑みを浮かべながら、俺の胸へと飛び込んできた。
先程と今の様子を比べるのなら、般若と仏だ。
「あぁ、おはよう。毎度言うけどさ、あんな怒ることないぞ? しかも子供に」
「でもさ〜」
「でもじゃねーよ。そんな眉間にしわ寄せんな、綺麗な顔が台無しだ」
「っ!?」
褒め言葉を聞いた朝暉は、林檎のように顔を真っ赤にさせ、アタフタしている。
その様子がとても可笑しく、堪えきれずに吹き出してしまう。
「朝暉、なんて顔して--ん!?」
朝暉の顔が目の前に来たと思えば、口に柔らかいものが当てられた。
俺は突然の事に身体がうまいこと動かないでいると、朝暉は悪戯な目をして、唇をぺろっと舐める。
「京が悪いんだよ? そんな恥かしい台詞言うから」
「--っ。いつも恥かしい事言ってるのはお前の方だろ」
上目遣いでそう言う朝暉。俺は目を逸らして、苦笑混じりに言ってやったが、本人はそんな記憶は無いのか、拍子抜けな顔をしている。
こんな顔もまた可愛いから、色んな事がどうでもよくなってくる。
「さっ。朝飯の準備するから中入ろうぜ」
「うん! 僕も手伝う!」
「……これも何度も言うけどさ、お前は手伝うな。全てが灰になっちまうから」
「えー」
そんな他愛もない会話が、心を穏やかにさせる。
また、今日が始まる。
嫌われ者の俺達の日常が、いつもと変わらず動いてく。
「そうだ京。今晩、山にでも登ろうよ」
「え?山?」
どうやら今日は、いつもとは違う、特別な日になりそうだ。
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