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第1話「逃亡」
俺の辞書に計画性なんて文字はない。
その夜はなかなか寝付けなくて、どうにもならない事ばかりを悶々と考えていた。何の為に自分は生きているのか。なぜヤツらの言いなりになっているのか。なぜ自分は此処にいるのか。
自分の悪い癖だと分かっていても何か行動を起こさずにはいられなかった。ベッドから起き上がると、こっそりと部屋を脱け出した。
逃亡と言うよりは徘徊に近い感じかもしれない。ただ当てもなくふらふら歩いていたら、適当な扉が目について、なんとなく開けてみたら、あいつがイスに座って本を読んでいた。
「やぁ、こんばんは。お茶でもどう?」
こんな真夜中の招かれざる客を簡単に受け入れてしまう、超がつく程お人好し。こいつの名前はカシュー。
一言で言えば冴えない男。
身長は160cm前後、年齢は10代半で俺とちょうど同じくらい。でもその他は、色白で貧弱な身体、猫背、うっとうしい前髪、センスの無い服。自分の事に関心が無い故のだらしなさ。
カシューは台所でお茶を淹れている間、読んでいた本の話をした。
「僕は本を読むのが好きなんだ。今は星の話を読んでいるけど、すごく星が好きと言う訳じゃなくて、太陽とか、海とか、植物とか「外の世界」に興味があるんだ。」
「外の世界」と言うのも、ここは鉱山の坑道を再利用して作られた居住区。改築の際、自然の景観を損なわないとしながらも、補強の為に人工物で不自然に塗り固められたこの場所は、自然とは程遠い。
カシューの話は退屈では無かったが、どこか夢物語のようで、睡魔に誘われ欠伸が漏れてしまった。
そこにちょうど、甘ったるいバニラの香りを引き連れて、ミルクティーが運ばれてきた。
「つまらない話でゴメンね。良かったら君の事も聞かせてよ。」
このまま聞いているだけでやり過ごしていたかったのに、これでは黙っている訳にはいかなくなってしまった。
めんどくさくて、つい自虐的な言葉が口をついてでた。
「俺の事を聞きたければコマンドを使えば良いだろ?」
ぽかん顔のカシューが小首を傾げる。
「“暴れん坊の黒竜”くんから、コマンドなんて言葉が出るとは思わなかったよ。」
“暴れん坊の黒竜”とは俺の事だ。黄金に囲まれた縦長の瞳孔。それ以外はほとんど人間と変わりは無いが、俺の身体には正真正銘、竜の血が流れている。
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