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第10話「解放」
背中がゾクリとして《glare》に当てられたんじゃないかと思うくらい、カシューに逆らってはいけないと本能が叫んだ。
「僕だってクロの事を想うばかりに、自分の中のこの欲求を見て見ぬ振りをしてきたんだよ。」
カシューは俺がした『首輪』を、見たことも無い冷たい目で外した。
「優しくなんて出来ないから。『crawl 』」
「…えっ!?」
「聞いてなかったの?『crawl』だよ?」
平坦な声がかえって恐ろしかった。得体の知れない恐怖に震えながら、指示された通りにベッドの上に四つん這いになった。
「『goodboy 』僕の気持ちを教えてあげる。」
そう言って俺の頭を撫でると、いつもの優しい顔になった。
「クロの事が大好きなんだ。もう、友達なんかじゃ物足りない。『首輪』を受け取ってくれる?」
その言葉に目頭が熱くなった。目からこぼれ落ちた雫が、ぽつりぽつりとシーツを濡らしていく。
「俺、何の役にもたたないし、きっと迷惑ばっかかけるぞ。」
「うん。クロが何か問題を起こしたら、僕が何とかするよ。それから、少しだけお仕置きして、いっぱい甘やかしてあげる。」
例えば、こんな風に…とカシューは指先で涙を拭うと、手に持った『首輪』のベルトを鞭の様にしならせて、ベッドサイドの机に打ち付けた。
「…かっ、カシュー?…それ、…冗談だよな?」
「僕、優しく出来ないって言ったよね?ご主人様に『首輪』なんてして、何も無いと思ってるの?」
カシューは机を目掛けて、さらに大きく振りかぶりバチンッと大きな音を響かせた。その大きな音に反応して、ビクッと身体が震える。
「そこまで酷くはしないよ。何か僕に言う事はない?」
「…ごめん…なさい。」
恐怖から反射的に謝ったが、それでは許してもらえなそうだった。
「ちゃんと自分の言葉で言わなきゃ伝わらないよ?ほら『speak 』」
コマンドが俺の心の壁を打ち砕いて、そこからぽつりぽつりと言葉が溢れてくる。
「…俺にとっての自由は孤独だった。ずっと一緒にいたのに、カシューは何一つ命令しない。…お前なんて必要ないって見放されたみたいで辛かった。」
この一週間、カシューと共に過ごした日々を思い出し、自分の素直な気持ちを吐き出した。こんな満たされない生活なんて、今までの窮屈な生活よりも耐えられない。
「カシューになら何を命令されても良い。…だから俺にその『首輪』をくれ!!」
これ以上ない素直な気持ちだった。
「絶対に自分で外したらダメだからね。」
「あぁ…」
「ちゃんとお返事して?」
「…はい。」
「じゃぁ、『kneel』」
こうして俺達は、お互いの満たされない気持ちから解放された。『首輪』の繋がりが出来た事で、カシューも俺への遠慮が無くなった。
俺がクソだと言っていたコマンドは、俺達にとって信頼関係を確認する為の特別な言葉になった。でも、日常は嬉しい事に言い争いが絶えない。俺のあだ名も、しばらくは“暴れん坊の黒竜”のままになりそうだ。
END
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