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第1話

 このクラスには、なかなかイケメンなのに女子とは付き合わない、と言われている男子がふたりいた。    ひとりは泉原康太郎(いずみはらこうたろう)。  理由は簡単、まだ子供だから。冷たい態度はとらないので友達は多いが、ルックスや優しさに落ちた女子が告白すると「友達の方が楽しい」という理由で断られる。  高校生になって、まるで女性に目もくれない。その無邪気なキャラクターで、逆に人気者となっていた。  もうひとりは尾嶋竜司(おじまりゅうじ)。  こちらも理由は簡単、男が好きな男子、つまり、同性愛者だから。  どこか雰囲気のある美形に惹かれて告白した女子は「自分の性的対象は男」という理由で断られた。  その理由はすぐに学校内に広まったが、尾嶋は自身の性癖を否定せず。その堂々とした態度から、一部の層からはアイドル的存在とされていた。   「もったいないよね、ふたりともカッコイイのに」 「泉原くんは押せば落ちるんじゃない? ただガキなだけでしょ?」 「無理無理。ずっと狙ってた子もさ、さすがに辛くなったのか、違うオトコに乗り換えてた」 「中学一緒だった子から聞いたけど、昔からそうだったみたいだよ。他の男子連中が女子の視線を意識し始めた頃、泉原だけ知らんぷりしてたって」 「尾嶋は女相手だと反応出来ないしね」 「それ、本当なの? 尾嶋くんの好みじゃなくて、面倒で遠ざけたかったのを、断られた子が本気にしたんじゃない?」 「いや~、本気のゲイだよ。いつもスマホで相手募集してる、とか聞いたし」 「ネット上だけならまだいいけどさ、この間なんて、なんと、尾嶋が三年の男子とさぁ……」  くすくす笑いながら、女子達は噂話を続ける。 ※     ※     ※  放課後。  頬杖をついて小説を読んでいる俺の肩に、ぽん、と掌が置かれた。  「これ、ありがとーな。面白かった」  手渡されたのは先日貸した漫画で。俺は無言で受け取り鞄にしまうと、また読書を続ける。 「また続き出たら貸してね。あとさ、他にもおすすめマンガあったら教えてよ」  喋りながら椅子を引きずってきて、そいつは机を挟んで俺の目の前に腰かける。 「ねぇねぇ、尾嶋って最近はなに読んでんの?」   机に頭をごろんと乗せて、無視を続ける俺から本を横取りするとパラパラとめくる。 「あのさぁ……泉原って、どうして放課後にはいつも俺の傍に来るんだよ」  さすがにうっとうしくなり、俺はそいつに問い掛けた。  俺、尾嶋竜司の傍に寄ってくるそいつは、泉原康太郎。  俺と泉原は名前の順が近いため、席順が前後のクラスメイト。ただそれだけのはずだったのに。 趣味も違うだろうに「読んでるマンガを貸して」だの、成績は同じ位なのに「得意科目を教えてほしい」だの、最近やたらと話しかけてくる。 「クラスの奴等、みんな先に帰っちゃって。いつの間にか俺ひとりに。ひとりで家に帰ってもまたひとりだし。だったら同じくひとりぼっちの尾嶋と喋ろうかと」  なんだこいつ。ひとりぼっちのクラスメイトに同情でもしてんのか。  「お前もクラス連中と一緒に帰れば良かったじゃん」  横取りされた小説をひったくる。 「なーんか最近、帰りの遊びに女子も加わるようになってさ。つまんねーんだよ」  頬杖をついて気だるげに喋る。 「別に平気だろ、お前って女子連中から嫌われてないんだし」  だれにでも人懐っこい笑顔を見せる泉原は、背も高く顔立ちも悪くない。その気になれば、彼女のひとりやふたり、すぐに出来るだろう。 「男同士の方が気楽だもん。それに尾嶋も女子人気高いじゃん」  能天気な思考では、俺との付き合いも「男と男の友達同士」なのだろうが……。 「いつも俺の傍にくっついてると、変な眼で見られるぞ」  念のため警告しておこう。  「変な眼? あぁ、尾嶋クンと泉原クンって恋人同士なんじゃないの〜、みたいな?」  男同士の恋愛を好む女子の真似でもしているのか、妙に声を高くして喋る。 どうやら俺は、そんな人々にとっては貴重な存在らしく。先日も「本物のゲイの体験談を聞かせて欲しい」とかなんとか、名前も知らない女子数名から取材を受けた。断るのも面倒なので適当に応えた。 「でもさ、俺って女子の友達もいるよ? みんな性別関係なく友達いるのに、尾嶋の傍にくっついてる男子は友達じゃなくて必ず恋人、っておかしいじゃん」  平和的な思考だな。差別はいけません! なんて親からの大切な教えを、未だにしっかりと守っているのか。 「それに尾嶋って、ちゃんとした恋人いるんじゃないの?」 「いないよ……学校内には」  女子から受けた取材への適当な答えからか。それとも先輩男子から冗談だか本気だか解らん告白されたときの対応からか。そんな噂話が広まっているのも知っていた。 どっちにしろ自分のせいで流れている噂話だから、否定せず放っておこう。 「ふーん。だったらもっといいじゃん。クラス内でひとりぼっちだと色々と不便だぞ」 「お前が男同士が気楽、って言ってるみたく、俺はひとりぼっちのほうが気楽なんだよ……あぁ、もしかしてお前、女に興味無いくせに、男との恋愛には興味あるのか?」 机の上に両手を置くと、ぐいっと顔を近づけて俺は泉原に迫る。 「いいや、尾嶋ともっと喋りたいな〜、って思ってるだけ」  喧嘩を売っているのも分からないのか、泉原はにこにこと笑う。 「それ、口説き文句だろ。男の俺に欲情してんの?」 さすがに苛々してきた俺は、わざと妖しげな笑顔を見せた。 「やることやってもいいけどさぁ、一部の連中から隠し撮りされるぞ」 こうして誘えば逆に引いて、もうじゃれつく事もない……はずだったが。 「隠し撮りは嫌だけどさ、やることやらなきゃ平気じゃね? 俺、尾嶋に欲情してないし」 変わらぬ笑顔であっさりと告げる。 「じゃあ、俺がお前に欲情したらどうすんだよ」  本気で苛立ち、意味不明な問いを投げてしまった俺に、明るく笑って泉原は言った。 「それならそれでいいじゃん」  

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