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第1話

「はぁぁぁぁぁ…ヤバいわ、萌えるわ、滾るわぁぁぁぁ…やっぱさ、一途で執着心丸出しのスパダリって最高だよな~」 人をわざわざ呼びつけておいて、隣に座る男は何やら本を胸に抱き締めたままで床をゴロンゴロン転がっている。 先に入っていた予定を断ってまで来てやった俺に、どうやらこいつはお茶の一つを出す気も無いらしい。 まあ、勝手知ったるなんとやらというやつで、生まれてから自分の家と変わらないほど来ているこの家で今更遠慮する必要もなく、蕩けた顔で悶える男を一旦放っておいて部屋を出ると俺は階段を下りていった。 こちらも俺が一人でくるのは想定内だったのか、毎日見ていても飽きる事もないほどの恐ろしいくらいの美人が少し困ったように眉を下げ、お茶とケーキの用意をしてくれている。 「海斗くん、いつもごめんなさいね。お客さんにお茶取りに来させちゃって」 「いや、それこそいつもの事だし。だいたい、俺の事お客さんなんて思ってもないでしょ? ただ、アイツ今日はかなり荒れてるね。いつもよりひどくない?」 「あ、やっぱりそんな感じ? なんかね…今回は浮気されたらしいわよ。『今度こそ運命に違いない!』なんて張り切ってたから、さすがにショックが大きいのかしら」 それほど困ったとは思ってもいないだろうに、さも困った顔をしながらやけに艶かしい上目遣いで俺を見てくるおばさん。 俺はその目線の意味に気付かないフリをしてお茶の乗ったトレーを手にする。 「海斗く~ん、もうそろそろあの残念な息子をどうにかしてくれない?」 「その残念な男はおばさんの息子なんだから、母親が何とかするべきだと思うんですけど」 「あら? ちょっとだけ残念だった息子があそこまで残念になったのは海斗くんのせいだと思うんだけど…違ったかしら?」 思わず返す言葉に詰まる。 自分の息子を『ちょっとだけ残念』と言ってしまう母親もどうかと思うが、確かにあそこまで残念にしたのは俺かもしれない。 俺の一言がアイツに誤解を与え…そのせいで暴走した。 「大学卒業する前に、ちゃんとしておいた方が良くない?」 「……わかってます。ただ、できれば俺は、アイツに自分で気付いて欲しかったんですけどね」 「気付かないわよ。ううん…とっくに気付いてるけど、目を背けようとし続ける…海斗くんとずっと一緒にいる為にはそうしないといけないって思い込んでるもん」 「ほんと、バカで残念な奴ですよね…鈍いにもほどがある」 「そんなバカで残念な子、いつまで野放しにしとくの? 見た目だけはいいから、これからもずっとああやってフラフラしたまんまよ? 相手なんていくらでも勝手に寄ってくるもの」 もうこれ以上言わないで欲しいと背中を向ける。 確かにボチボチ俺の忍耐も限界なのだ…やたらめったら背中を押さないで欲しい。 「あ、そうそう…おばさん、スパダリって何?」 「ん? 顔良し体良し、経済力と包容力アリアリのスーパーダーリンって意味らしいわよ? なんで?」 「一途で執着心丸出しのスパダリ滾るーっ!って喚いてたから」 「それってまんま海斗くんの事なんじゃない?」 「俺、体はともかく、顔と経済力は自信無いですよ」 「やだぁ、ここにもいたわ、驚異のニブチン。顔だけが取り柄の裕貴ばっかり見てるから、自分の顔もまともに見てないんじゃないの? 海斗くんは相当なイケメンだと思うわよ。それに大手事務所に所属が決まってる将来有望な弁護士先生になるわけだし~。十分スパダリ候補でしょ。あのバカに付き合ってくれてる段階で、一途だし包容力もあるしね」 「はいはい、そりゃどうも」 俺が褒められてるのかアイツが貶されてるのか微妙なところだ。 今度こそおばさんに背中を向け、俺はトレーを手に階段をゆっくりと上がっていった。 ********** 俺ーーー大崎海斗と、アイツーーー大西裕貴は幼馴染みだ。 ちょっとやそっとの幼馴染みじゃない。 文字通り、『生まれた時から』全く離れる事なく一緒にいる。 始まりは、とある電鉄会社が大々的に販売した大規模ニュータウンだった。 このニュータウンは、街の中心からはそれほど離れていないわりに土地の値段が安く、さらに保育園や小学校も整備されるとの事で、住人はこれから子供を作りたいと考えている若い家族が多かったらしい。 そんなニュータウンで偶然隣同士になったのが大崎家と大西家だった。 明るく元気な大西家とのんびりマイペースな大崎家の夫婦は若い住人の中でも特にうまが合い、しょっちゅう一緒に遊びに行っていたそうだ。 そしてこの仲良し夫婦2組はほぼ同じ時期に子供を授かり、わずか一週間の差でそれぞれ男の子が生まれた。 それが俺と裕貴。 生まれた時から一緒にいる事が当然だった相手。 家は勿論、出席番号だって隣同士だ。 登下校も教室でも、俺達はずっと一緒にいた。 6年生になった頃、俺は裕貴に何も言わずに私立の中高一貫校を受験する事にした。 二人でいる事が嫌になったとかそういうわけじゃない。 寧ろどれほど一緒にいても裕貴と過ごす時間は特別で、心地よくて…一生共にいたいとまで考えていた。 勿論その頃はそれがどんな感情なのかには気付いてはいなかったけれど。 受験については、ごく単純に『やりたい事があったから』だった。 裕貴に言わなかったのも、これからも当たり前に一緒にいるのだから、わざわざ言う必要など無いと思っていただけだ。 平日はフルタイムで働いているお袋の代わりにこの家で晩飯を食わせてもらっていたのだから、毎日顔だって合わせる事になるんだし。 ところが受験会場に入ってみれば、俺の後ろにはちゃっかり裕貴が座ってた。 『偶然だね~』なんてニコニコしているその誰よりも綺麗な顔がひどく疲れていた事にも、目の下にはクッキリとクマができている事にも気付かないフリをして、俺は『偶然だな。お互い頑張ろうぜ』とその肩をポンポン叩いた。 きっと俺が受験する事をどこかで聞いて、一人でコッソリと勉強してたんだろう。 一緒に受験しようと言えば良かったのに、言えば俺が嫌がるか怒られるとでも思って…ずっとバレないようにしてたんだと思う。 それでもどうしても俺といたかったのだ。 二人とも無事に入学を果たし、俺はやりたかった事…バレー部に入部した。 中等部はともかく高等部は全国でも屈指の強豪校で、このチームにどうしても入りたかった。 そして当然というかまさかというか…裕貴もバレー部に入部してきた。 中学入学の時点で身長が170センチを超えていた俺に対して、当時の裕貴は150センチあるかどうかという身長。 ルールだっておそらくろくに知らなかったはずだ。 止めておいた方がいいと言う俺にアイツは涙を浮かべて必死にフルフルと頭を振った。 正直、悶え死ぬかと思うくらい可愛かった。 それから程なく成長期を迎えた俺達は順調過ぎるほど順調に身長が伸びた。 着る物に困るくらいの勢いで伸びた。 細いけれど長い手足としなやかなバネのような体でチームの最高到達点記録を更新した裕貴はセンタープレイヤー、筋力を活かしたパワープレイが持ち味の俺はウィングとして、高等部に入ってすぐにレギュラーになった。 残念ながら俺と裕貴しか攻撃の起点が無かったうちのチームは全国大会までは行けなかったものの、専門雑誌で注目選手として特集が組まれたりもした。 その雑誌掲載をきっかけに、バレー部を引退した裕貴はファッション雑誌でのモデルを始めたわけだけど。 大学はさすがに離れざるをえないだろうと思っていた。 校内試験で常に成績上位者として発表されていた俺と、平均かそのちょい下をフラフラしてた裕貴が進路を同じにする事は不可能だと思っていたからだ。 しかし甘かった。 裕貴の俺への執着を舐めていた。 国内でも法学部では最高峰の一つと言われる大学を受験した俺に対して、アイツは同じ大学の国際関係学部という、聞いただけでは何を学ぶのかよくわからない学部を受験したのだ。 あの頃の裕貴の成績では、決して判定は良くなかっただろう。 それでもやはり俺と同じ学校に通いたい一心で、またしてもコッソリヒッソリ勉強していたらしい。 学部が違うのだから、校内で会える事はそう多くない。 それぞれ新しい友人もコミュニティもできたし、裕貴はモデル、俺は法律事務所の事務員のアルバイトを始めたから生活の時間も合わなくなった。 それでも俺達にとって、また4年間同じ場所に立っていられるという事が大切だったんだろうと思う。 けれど、じきに裕貴はあまり家に帰らなくなった。 その誰をも圧倒する容姿に惹かれた男の間をフラフラと飛び回り、そして恋に破れた時だけ俺を呼び出す。 自分のせいだという思いもあり、大学生の間だけは好きにさせてやろうと思っていた。 そのうち自分に素直になるか、俺の気持ちに気付くだろうと、それを待っていた。 でももう限界だ。 くだらない男に対して『運命だと思ってたのに』を連呼する裕貴は、おばさんが言うようにこれからも自分に素直になる事はないだろう。 何より、大学を卒業すれば、今度こそ俺達の道は分かれる。 裕貴は本格的にショーモデルを目指し、俺は弁護士になる。 今のままでは再び道が重なる事も、そして俺達の気持ちが重なる事も無いだろう。 おばさんに背中を押されたわけではないけれど、今日決着をつける。 かつての俺の言葉の誤解をとき、そしてアイツの素直な気持ちを聞きたい。 『今日は海斗くんのお家行ってるからね~』なんて気を利かせたのかプレッシャーを与えてるのかわからないおばさんの声に無視を決め込み、俺はドアを開けた。

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