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第1話
熱い……。
暑い。というより、熱い。なんだここは。どうして自分はここにいる。
見渡すと砂。砂。砂しか見えない。地平線の向こうに青空、そして上には太陽だ。
学ランを脱いで頭に被せるも、太陽はジリジリと服の上から肌を焦がす。上靴を履いていてさえ足の下から熱が伝わってくる。こんな砂、直に触ったら火傷するだろう。
一体ここはどこなんだ?
浅野海翔は、高校の図書室にいたはずだった。授業をさぼって、誰もいない図書室の奥でいつものように昼寝をしていた。昼寝から起きて、だけど授業に戻る気にもなれなくてぼんやりしていたら、一冊の本が目に留まった。そして、ページを捲ったらここにいた。
「砂漠……だよなぁ」
異世界トリップか。はは、笑えねぇ。夢ならさっさと覚めろ。と毒づくが、それにしても暑い。こんな場所で野垂れ死んで、死体は誰にも見つけられないまま骨になって塵と消えるのだと思うと泣きたくなる。
立っているのも辛くなり、学ランを頭に被ったまま地面に膝をつく。砂の熱さに痛みが走るが、また立ち上がる気力なんて残っていなかった。この場所に来て何時間経ったのか、はたまた数分なのかも分からない。とにかく辛い。
その時、ふと地面に影が差した。そしてぶわりと風が吹いて辺りの砂を巻き上げる。
思わず目を瞑り、学ランで顔を隠した。しばらくして風が止んだ気配がして顔を出すと――
目の前には見たこともない生き物がいた。
「ひあぁぁ!」
思わず叫んでしまい、口から砂が入ってきて盛大に咽せる。こほこほと咳き込みながらも、その生き物から目が離せない。
翼の生えた深緑色の大きな体。恐竜みたいな顔。というか。
「ドラゴン!?」
何かの映画で見たことある、あのドラゴンにそっくりだ。なにこれ本物?夢だよね?
「本当に黒いな」
「!?」
どこからか声が聞こえ目を向けると、何かがドラゴンの背から落ちてきた。トサッと身軽に砂の上に降り立つと、その衝撃で頭のフードが取れる。
それは、とても美しい男だった。
短い金髪が太陽の光を浴びてきらきらと光っている。目鼻立ちはくっきりとしていて、今まで見たどの人よりも綺麗だと思った。
「行こうか」
「えっと……?」
男が海翔に向かって手を伸ばす。あなたは誰で、ここはどこで、どこに行こうとしているのか。なんて聞きたいことがたくさんあったけれど、何も言えずに気付いたらその手を取っていた。
そして次の瞬間男に抱きしめられ、さらにお姫様抱っこされてしまう。
「!?!?」
「ポチ、伏せ」
ドラゴンが腹這いになり、その腕の方から男は器用に登っていった。悲鳴を上げる間もなくドラゴンの背中へと乗せられてしまう。
「すぐに城に着くから、しっかり私に捕まっていろ」
ドラゴンが翼を広げ、辺りに砂が舞う。ふわりと体が浮いたかと思うとそのまま上空へと飛んだ。
「ひあぁぁぁ!?」
「慣れない内は声を出さない方がいい。舌を噛むぞ」
「ひっ」
怖くて下を見れないが、きっと結構な高さと速さだろう。必死に男にしがみつくと、彼も片手で海翔を抱き寄せてくれる。ふわりと彼の体からは甘い匂いがして、こんな状況なのになぜかドキドキしてしまった。
しばらくしてドラゴンが地上に降り立ち翼を仕舞うと、男に抱きかかえられて背から降ろされる。やっとのことで地面に足を付けると、そこは見事なお城だった。まるでヨーロッパ辺りの宮殿だ。
「お帰りなさいませ、ミロ様。后様」
すぐに女性が二人やってきて、頭を下げられる。一人は赤髪もう一人はオレンジ髪で、そっくりな顔をしている。ミロ様というのはこの男の名だろうか。では后というのは一体何だ? 非現実的なことが立て続けに起こっているせいで、頭が上手く回らない。
「すぐにこの子の身を清めてやれ。それから食事も」
「畏まりました」
なんだかよく分からないが、二人に案内されるままに風呂に連れて行かれ、プール程の広さの湯船に沈められた。恥ずかしいから一人でできるというのに、浴室まで入ってきた二人に全身泡だらけに洗われてしまう。
ほかほかに温まると、シルクの様な手触りの変わった模様の入った衣服を着せられ、またどこかに連れて行かれる。通された部屋は、高い天井から太陽光が差し込む大広間で、真ん中のテーブルにはたくさんの食事が用意されていた。男が席に着いていて、案内されるままに正面に座らされる。
「うむ、美しくなったな。腹が減っているだろう。好きなだけ食べていいぞ」
「はぁ。ありがとうございます」
さっぱり分からないながらもお腹は空いていた。というより喉がカラカラだ。もうここまで来たら逃げることもできない。たとえ毒が入っていようと後悔はしないと、とりあえずグラスを手に取った。薄桃色に色付いた飲み物を口に入れると、ほんのり甘いドリンクが乾いた喉に心地よかった。一気に飲み干してしまうと、すぐさま近くにいた赤髪の女性が新しく注いでくれる。礼を言って、また口に運ぶ。
誘惑に負けて食事にも手を伸ばすと、見たことのない野菜や肉だがどれもすごく美味しくて、気付いたら夢中で頬張っていた。
「美味いか?」
「――!!」
いきなり声をかけられて、危うく咽そうになった。目を向けると、男はほとんど食事に手を付けていなかった。いつから見ていたのか、もしかして最初から見ていたのか、嬉しそうに微笑んでいる。例え毒入りでもいいと思っていたが、まさかそんな顔をしているとは思わなかった。
「はい。美味しいです」
食事を持つ手を止めて、改めて男を見る。眩い金髪に、エメラルドグリーンの瞳。日本人より茶色い肌は、砂漠の国だからだろうか。とにかく、とても美しい人だ。助けてくれてありがとう、と言うべきなのだろうが、未だに状況が分からずどうすればいいのか分からない。
「どうした。遠慮せず食べていて良いぞ。まだたくさんあるからな」
「いえ、大丈夫です」
ふう、と深呼吸を一つする。そしてゆっくりと口を開いた。
「あなたは誰ですか?」
「ああ、まだ名乗ってなかったな。私はミロだ。ミロ・リュフワ。お前は、名は何という?」
「俺は海翔です」
「カイトか、分かった。ではカイト、お前は今日から私の后だ。よろしく頼む」
ミロはそう言って、にこりと微笑んだ。その顔はやっぱりとても美し―――
じゃなくて!
今、この人は何と言った? 后? きさき? きさきって、王様の嫁? だっけ?
「俺、男だから無理ですよ?」
動揺を抑えて当然のことを告げる。先ほど風呂にも入れられたし、分かっているはずだ。けれど、ミロはだからどうしたとでも言いそうな顔で首を傾げるのだ。
「関係ないだろう? カイトには私の子を産んでもらうぞ」
ぱちぱちと瞬きを繰り返す。しばらくして言われたことを理解すると、海翔は大きく息を吸い込んだ。
「ええぇぇぇー!?」
大広間に、大絶叫が木霊した。
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