2 / 4
第2話
「ごめんなさい。無理です。ほんと無理です」
何がなんだか分からないまま、食事を終え別の部屋へと通された。その間ずっと「無理無理」言っていたのだが、全然聞いてもらえない。
「別に男でもいいだろう。カイトはオメガなのだから問題ない」
「無理です。大体オメガって何ですか。意味分かりません」
「ごちゃごちゃ煩い」
「ひあっ」
体を押されて、後ろにあったベッドに転がされてしまった。どうやらここはミロの自室のようだ。
咄嗟に起き上がろうとするが、肩を抑えこまれ動けなくなる。さらにミロの体が上に乗り、次の瞬間には唇が塞がれていた。
「んっ…ぁ!?」
押し返そうと胸を押すがびくともしない。さらに両手を掴まれてシーツに抑え込まれて、全く動けなくなってしまった。
息継ぎのために開いた口から舌を入れられ、怯んだ隙に口内を舐めまわされる。キスなんてしたことがなかったのに、ミロの舌は甘く、翻弄されている内に微かに心地よさを感じてしまう。荒い吐息と唾液を交換し、頭がくらくらとしてきた。さらに、周りに甘い香りが広がっていて頭が働かない。
「ほら、カイトはこんなにいい匂いがする。私だけのオメガだ……」
ミロはそう言って、首筋に鼻を埋めた。鎖骨をぺろりと舐められて、びくりと体が跳ねる。
「やめろっ。なんだよオメガって」
思い切り睨みつけると、ミロはくすりと口角を上げた。そして服の紐を解いて間から手を忍ばせる。
「良い眼だな。闇のような漆黒で、吸い込まれそうになる」
「な、何言って……」
ミロの手が下着の中に入ってきて直に性器に触れられた。微かに兆していることを見抜かれたのかクスリと笑みを漏らされる。その余裕な仕草に思わずカチンときた。
「ふざけるな!」
――ゴンッ
思い切りミロに頭突きをかましてやった。鈍い音がして頭がジンジンとする。ミロはそんな反撃をされるとは思わなかったようで、頭を抑えながら呆然としていた。その隙に彼の下から抜け出して、距離を取りながら衣服の乱れも整える。
仮にも王様。もしかしたら不敬で処刑されてしまうかもしれないが、それよりも貞操の危機を感じたのだ。
さあ、奴はどう出るか……。と身構えていると。
「ふ、ははは! カイトは面白いな!」
「はい?」
「まさか頭突きとはな。ははは、ますます気にいった! 流石私の嫁だ」
ミロは腹を抱えて笑っている。どうしよう、もしかして打ちどころが悪かったのかな。
「えっと、ミロ、大丈夫か?」
「はは、大丈夫って何がだ。私はいつでも正気だぞ」
ミロがこちらに近づいてきて、逃げようかどうしようか悩んでいる内に抱きしめられてしまう。そしてぶつけた額を優しく撫でられた。
「いきなり襲おうとしてすまなかったな。もう手は出さないから、私の傍にいてくれるか?」
その声がどこか不安そうで、先ほどまでの不遜な王様態度とは別人のようで、つい「分かった」と頷いてしまったのだ。
何もしないから、という約束で同じベッドに眠ることになった。なぜか海翔が后になるというのは決定事項のようで、最初から個別のベッドなんて用意されていなかったのだ。
上質なシーツに包まりながら、ミロは海翔の質問にできる限り答えてくれる。
どうやらこの世界は、元いた地球とは異なる世界のようだ。パラレルワールドとでも言うのだろうか。ちなみに砂漠から乗せてきてくれたドラゴンは、ポチという名のペットらしい。この世界ではドラゴンは馬のような扱いで、空飛ぶ移動手段として使われるようだ。
ここは砂漠のオアシスで栄えた国で、翡翠国と呼ばれている。この国には古くからの言い伝えで、数百年に一度、天から黒を纏った美女が現れるのだそうだ。その者を王の伴侶とすれば、国の繁栄が保証されるとのことだ。
前回その美女とやらが現れてから300年。偉い占い師が星を詠んで、今日が再び現れる日だと予言したらしい。
で。海翔がぽつんと砂漠にいたと。ご丁寧に黒い学ランを身に纏って。
「いやいやいやいや。そんなご冗談を……。美女じゃないし」
「お前は美しいから問題ない。明日書庫で一緒に文献を読もうか。300年前に現れた時の話がまだ残されているぞ」
「うっそー。いや、でも俺男だから!!后になんてなれないから!!」
枕に顔を突っ伏して叫ぶと、ぽんぽんと頭を撫でられる。何なんだこの状況は。
「男女の差は関係ないと言っているだろう。私の子供を産んでもらえれば、それでいい」
「むりですー。うめませんー」
枕に顔を付けたままぶんぶんと首を横に振ると、隣からクスクスと笑う声がする。
「オメガだから産めるって説明しただろ。こんなにいい匂いしてるんだから、あとは発情期が来れば問題ない」
ミロは飽きることなく俺の頭を撫でている。そして、ちゅっと音を立ててうなじにキスをされた。思わず顔を上げると、楽しそうに笑うミロと目が合ってしまい、再び枕に沈めた。
オメガという生態についても説明されたが、いまいち分からないし信じられない。海翔がオメガで、ミロはアルファなのだそうだ。性フェロモンでお互いに惹かれあい、オメガが発情期に入ると数日間は子作りに没頭するらしい。そしてオメガは男女に関係なく子供が産めるのだそうだ。
恥ずかしい。たとえ子供が産める体だとしても、こんな美しい人と子作りなんてできる気がしない。ただの男子高校生には荷が重すぎる。童貞だし、キスだってさっきのが初めてだし。無理。とにかく無理。そんなことを呟きながら、いつの間にか海翔は眠ってしまった。
翌日、目が覚めると恐ろしい程の美形が目の前にいて、文字通り飛び上がってしまう。
「うおあぁぁ!」
「おはよう、カイト。よく眠れた?」
「おおお、おはよう」
一瞬で覚醒し、昨日のことを思い出す。頬を抓っても痛みが走り、これが夢ではないと分かった。密かに夢落ちを期待していたのに、はたして元の世界に戻れる日は来るのだろうか。
促されるままに着替えをして部屋から出ると、いつからいたのか、赤髪とオレンジ髪の二人が扉の前に立っていた。赤がレイナ、オレンジがミイナという名前で双子らしい。年は恐らく30代後半だが、女性の見た目年齢は宛にならないのを知っている。ちなみにミロは20歳なのだそうだ。
大広間で朝食を食べてからミロと別れて別室に案内された。何をするのかと思いきや、要は花嫁修業のようだった。
まだ后になるだなんて言っていないのに有無も言わせずに扱かれて、泣きそうになる。レイナとミイナは海翔の指導係も兼ねているようで、優しい顔ながら鬼の様な厳しさだった。
「ほら、また背筋が曲がってる!頭から吊られるように立って!」
「はいっ」
「左足のつま先をもう少し内側に。こら、下向かない!」
「はい!」
朝からマナー指導で一日歩きっぱなしだ。どうやら一カ月後に式典があるらしく、そこで海翔は后として初めて国民の前に立つらしい。ミロの伴侶として恥ずかしくない程度には気品を身につけろとのことだ。
だから、ごく普通の男子高校生にそんなものを求められても困る! と文句を言っても指導してくれる二人もミロも真剣だった。
ミロは都合がつけば一緒にレッスンを見てくれるが、大抵は会議だったり、街へ出向いたりしている。この国は今は豊だが、ほんの数年前に疫病が流行り、たくさんの死人が出たらしい。ミロの両親もそのせいで亡くなってしまったのだと聞いた。そして、当時まだ17歳だったミロが王位を継いだのだと。それは今の海翔と同じ年である。
「ミロ様は、ずっと君のことを待っていたんじゃよ」
そう言ったのは占い師のジュダだ。庭園にいつもいるお爺さんで、休憩に訪れた海翔に気さくに話しかけてくれたのだった。庭師かと思いきや占い師だと言われ、驚きつつも、不思議な雰囲気を醸している彼に納得した。
ジュダが星占いで海翔がこの世界にやってくると占ったのは2年前らしい。王位を継いだばかりで国の復興に奔走していたミロにとって、その予言は一筋の希望だった。いつか来る伴侶のために恥ずかしくない自分であろうと、日々努力を重ねていたそうだ。
「カイト、ミロ様を癒してやっておくれ」
「癒す……?」
「そうじゃ。ミロ様は先代が崩御された時でさえも、涙を見せずに気丈に振舞っておられた。だがな、国を背負うというのは恐ろしい程の重責を担う。本人も気付いていない疲労がどんどん蓄積していって、このままではいずれ壊れてしまう。それを癒すことができるのは、伴侶であるカイトだけなんじゃ」
いつも明るく振舞っているミロは、とても壊れそうには見えない。けれど、よく考えれば当たり前のことだ。17歳の頃からずっと一人で国を支えていくというのが、どれほど大変なことなのか。海翔には想像することすら難しい。
政治のことは分からないし、なぜ自分がこの世界に呼ばれたのかも分からない。だけど、彼を傍で支えていきたい。そう自然に思うことができた。
「分かりました」
海翔は微笑みながら頷いた。
初日からずっとミロと同じベッドで寝ているが、約束通り彼は全く手を出さないでいてくれている。だが、唇へのキスはしないが、なぜかうなじに毎晩キスされている。そこにフェロモンの分泌腺があるらしく、刺激するとオメガの本能が目覚めやすいとのことだ。
「発情期がきたらカイトを抱くよ。そのための準備だ」
そう言ってうなじを甘噛みをされると、なんとも言えない疼きが全身に広がっていった。抱きしめられながら眠るのは始めこそ緊張して落ち着かなかったが、今では彼の体温や匂いに包まれるのが安心できるようになった。
ジュダから話を聞いた日、普段は背中から抱きしめられているのを、初めて向かい合って眠ることにした。突然体勢を変えた海翔にミロは目を丸くしたが、意を決してミロの背中に手を回すと、安心したように抱きしめ返してくれたのだ。そのことに胸がいっぱいになり、心音が煩くてなかなか寝付けなかった。
そしてようやく、自分がミロに惹かれていることに気付いた。同じ男に対して恋愛感情を持つ日がくるだなんて信じられなかった。けれど、彼にならば抱かれてもいいと、いつの間にか思うようになっていたのだ。
ともだちにシェアしよう!