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第34話落ちた男

【蒼井響一の場合】 「だーかーらー!お前は砂に甘えすぎなんだよ!」 「そうなんですか、砂川せんぱぁーい」 竹山という後輩が目に付く。 注文の入ったカクテルを準備しながらも、どうしても砂川に甘える竹山が気になり険しい顔になってしまっている…だろう。 ヨシキはきっとそんなに酔っていない、あいつは酒が強いんだ。 俺より強い。それがこんな数杯で酔うはずがない。酔ったふりをしてその場の空気を良い雰囲気にしてるんだろう。あいつならやりかねない。 ヨシキに恋人ができる前のセフレ時代、 「俺はずっと不毛な片想いをしているんだ。」と話してくれたことがあった。 その時は恋とか愛とか馬鹿らしくて、適当に流していたもんだ。 ヨシキもそんな態度のほうが都合がよかったらしく、何度か話してくれたっけ。 そうか、その相手というのが砂川だったのか。 「アオ!運命の出会いは本当にあった。ちゃらーんって音楽が鳴ったんだ」 あの日のヨシキの顔が頭に過る。 不毛な恋に引きずられるだけで終わると思っていたのに…と目を潤ませていた。 あんなに近く、しかも砂川は本当に魅力的でいい人だ、どんな形でも一生そばにいたい、と思わされる人。 ヨシキ、辛かったな。 でも、あいつに恋人ができてよかった。 ヨシキとライバルなんて…分が悪すぎる。 「だから、甘えるなっての!お前は赤ちゃんだ、おいバブちゃん!俺がおしっこしてる間に俺のビールおかわりを注文しとけよ!」 ヨシキの声にちらりと視線を向けると、酔いつぶれている後輩がテーブルに顔を伏せたまま、砂川に手を伸ばして腕にしがみついている。 「レオくん、いい?」 そっと手を上げた砂川を見逃さず、レオと変わって注文を取りに行った。 「おまたせしました。」 「ビール2つと水を3つ下さい。」 「かしこまりました。ところで、今日は全然酔ってないね。」 砂川はそこでふっ柔らかく微笑んだ。今日初めて、俺に向けて。 「いつもはこれくらいなの、あんなに酔ったのが珍しいから。2日連続なんて初めてだよ。」 煙草に手を伸ばし、指に挟んで火をつける。 なんて色っぽいんだろう、ついついその一連の動作に目を奪われてしまった。 ん?と目で聞いている。どうした?と。 「3回目も俺の前だけにしてね」 見とれていたことに気づかれないように、砂川の耳に顔を近づけそっと囁いた。 ぞくりとした表情を浮かべ、動揺しながら視線を絡める。 ずるい、この人はずるい。 簡単に砂川の事しか考えられなくなった。マジックのように。 「今日、仕事終わりに家行っていい?」 つい言っていた。仕事中に…この俺が…。 ぼっと顔を染める姿に身体が痺れ、返事をじっと待っていると煩い声が俺たちの間に割って入った。 「あーアオだー!俺に会いに来たの?」 ぎゅっと抱き着かれたが、どう見ても怒りや警戒がビリビリ伝わってくる。 珍しい、ヨシキの怒りが俺に向けられている。 「注文受けてたの!おい!ヨシキ酒くせーから抱きつくなよ」 「ひどー!なぁすなぁ~臭いって言われたー」 ヨシキが目の前で砂川に抱きつこうとした瞬間、頭に血が上り首根っこを掴んで強引に引き離してしまった。 驚いた。俺も、ヨシキも、そして砂川も。 ハウス!と冗談のように誤魔化したがヨシキにはばれたな。…わん。と乗ってくれたが目が笑っている。何か言いたげだ。 どうも調子が狂う、しょうがないので「水を先に持ってくるから」と言い残して戻った。 嬉しそうに見える砂川が愛しい。 そこからはあまり関わらず、出来るだけ仕事に集中した。 しばらくすると「今帰るの?」という声がして、ヨシキが後輩を担いでドアのほうへ向かった。さっと近寄りドアをあけるとヨシキはにやりと笑い、耳元で囁く。 「もしかして…落ちたのか?」 「は?」 「恋に…落ちたのか?」 ああそうか、俺は恋に落ちたのか… すぐに頷けなかったのは、男に依存して、俺に依存し、呆気なく出て行ったあの女のことを思い出したからかもしれない。 「…わからないんだ。」 「砂を傷つけたら、相手がアオでもぶち殺す」 低く冷酷な声、そして真っすぐできれいな瞳、俺はヨシキの瞳から目をそらさずじっと見つめ逃げなかった。 「かなちゃんは、今までの相手とは違う。もう会えないなんて、考えただけで気が狂いそうになる…この俺が執着してるんだ。」 「は!落ちてんじゃん。てか、かなちゃん?砂が下の名前で呼ぶの許したのか?」 「強引にな…よくあの人今まで無事で来られたよな」 「な!それは俺も思う。いいか!本気じゃないなら手を引け!もし砂を傷つけたら、俺はお前を許さないから」 小さく頷き、ヨシキの想いを受け止めるとふっと口角を上げて笑いいつものヨシキに戻った。 「ま、でもアオと砂はお似合いかもしれないな。また連絡するよ。じゃあな」 ヨシキの背中が小さくなって夜の中に消えていく、店に戻ればおいしそうにタバコを吸っている砂川が俺を見つけふっと微笑んだ。 恋に落ちたのか…怖い、とても怖くてたまらない。 今までの汚い俺を知ったらどんな顔するのだろう、嫌われるのかな。 俺から離れる? 付き合うってどうするんだろう。本気の恋ってなんだ? 煙に包まれ、妖艶な色気を漂わせる男から目が離せず、目の奥が熱くなった。 幸せになりたい。この俺がどんな事思うなんて…

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