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最終話
あれから1ヶ月近く経った。
俺たちは何かというと上手くやっていた。
お互いあの時のことを忘れるように、触れないように過ごしながら。
「まーこと!今日どこに行こうか?」
今日は大学の講義が終わった後、デートの約束をしていた。
「あー、あの映画は?秋人、この前面白そうっていってたじゃん。」
「んー…見に行きたいけど、真琴は俺が見たいやつでいいの?」
「秋人が選ぶやつに間違いはないと思ってるけど?」
そう言ってニヤッと笑うと、嬉しそうに秋人も笑った。相変わらずの美青年っぷりは健在で、周りにいた他の人たちも見惚れていた。
「その前に何かお腹に入れとく?」
秋人はさらっと前髪を揺らし首を傾げ尋ねる。
食べることに幸せを感じてるから、いつもならすぐにその案に賛成するのだが、残念ながら今日は少し食欲がなかった。
「んー、今日はいいや」
そんな俺が珍しかったのか、今日はやっぱり家に帰ろうか、と言ってくる。
せっかく久々の外デートなのに、少し体調が悪いだけで中止なのはつらい。
「大丈夫だーって!早く映画見に行こ」
心配する秋人の手を掴み、行こ?と促した。
ーーー・・
どこだここ?
初めに起きて見たのは真っ白の天井だった。
状況を掴めない俺はゆっくりと体を起こし、周りを見た。
俺はさっきまで秋人と映画を見ていたはずなのだが、
「…病院?」
そう、俺が見た限りではよくドラマとかで見る病室にいた。
映画を見ている間に気を失ったか?秋人は?
段々意識がはっきりしてきた。考えても無駄だなと思い、横にあったナースコールのボタンを押してみる。
しばらくして看護師と医師が入ってきた。
優しそうでふくよかな小さいおじさんと、美人なモデル並みのサラッとしたお姉さんという組み合わせにふっと笑いそうになる。
「気がつきましたか。よかった」
「あ、すみません…それで、あの…あき、いや俺の連れって…」
「あぁ、秋人君なら待合室で待っておられますよ。とても心配されている様子でした。後で秋人君もお呼びしますね」
にこっと笑うと頬のお肉がぷにっとなって可愛かった。まさか、俺っておじ専?いやいや。
そんなことより、「秋人君」と、知り合いかのように秋人の名を呼んだことが気にかかったが、
…ああ、ここは秋人の家の病院なのか。
すぐに解決した。
「っと、その前にあなたに伝えなければいけないことがあるんですよ」
急に可愛い笑顔をきゅっと引き締めた。その様子につられ、俺もぐっと背筋を伸ばした。
そして、その医師は俺の目を見て、
「君は妊娠してます」
そう言った。
…え?
なに?
えーーーっとに、「妊娠」って聞こえた。
「は?」
と聞こえないふりをすると、その医師は聞こえるようにと、はっきりゆっくり言ってくれた。
「妊娠してますね。大体4週目かと」
ぐっと首を少し回し、看護師の方をゆっくりみると
「よかったですね、順調そうです」
と美しい笑顔を向けられた。
その後のことはあまりよく覚えていない。なにせ、「妊娠」ということに頭が真っ白になっていたのだから…
ーーー・・
「真琴!」
はっと気がつくと秋人が俺のベットの横にいた。先ほどの看護師と医師は気を利かせてくれたのか、居なくなっている。
「あ、あきと…」
絶望感でうまく話せない。何をどう誤魔化せば、それしか頭になかった。
「真琴…妊娠してるって聞いたんだけど…。その子って、俺」「違う!!!」
咄嗟に反応し、秋人の言葉を遮った。
「違う!!お前の子じゃない…大丈夫。心配すんな…!」
今にも流れそうな涙をぐっと抑え、俯く。
泣いてしまえば、この嘘はバレる。
ドクドクと不安で鳴る胸を抑えた。
「あ、秋人…」
あとどうすれば…そんなことを思い秋人の方をそっと見上げようとした、がーー
「うわっ!」
ぼすっと柔らかい枕に頭が埋まる。
視界が回り、気づけば秋人にベットに押さえつけられていた。
「え…え?」
想像していた反応と違うことに動揺してしまう。
「あ、秋人…?」
押さえつけたが、何も言葉を発しない秋人に、少しおかしさを感じ、そっと顔を見ると…ゾクっとする様な冷たい表情をしていた。人形のようで無表情の中に今まで感じたことのない冷たさだった。
少し震えながら秋人の名を呼ぶと、秋人は俺の手首をぎゅっと握った。
「いっ」
「真琴。それって誰の子?」
秋人は無表情のまま続ける。
「ど、どうしたんだよ…あき」「ねぇ、聞いてるんだけど、なんで別のやつの子孕んでんの?…あり得ない、…おい!誰とヤったんだよ!!」
「ひっ」
怒鳴り声などあげたことなどない、ずっと優しかった秋人が… 、
秋人の様子に驚き、体の震えが止まらない。先程から嫌な汗も滲んできた。
睨んだ秋人の目に狂気を感じ、涙が溢れそうになる。
秋人は俺のそんな様子を見て、ハッと鼻で笑った。そして、俺の手首を掴んでいた片方の手を外し俺の頬にそっと触れ、
「…ねぇ、真琴…」
そう優しくそう呟くものの表情は無表情から変わっていない。
秋人は頬にあった手をすーっと下にやって、俺のへそ下あたりで止めた。
そのまま少しぐっと力を入れる。
「まことー?俺の子じゃないんでしょ?
…だったら堕ろせ。」
…は?
秋人の子でないならば、秋人には迷惑はかからないはずだ。
何故に秋人は堕ろせと言うのか。
「ちょっ、ま、待って!」
「今、真琴のここ、殴ったらこの赤ちゃん、いなくなるよね」
そう俺のへそ下にある手を拳にかえる。
冷や汗がどばっと吹き出る。
何から言えば、秋人はなんで怒ってる、などと考える余裕もなくなった。
「あきっあきひと!!待って!!お前の子!秋人の子供だからっ!!」
上手く喋れない口で必死に秋人に伝える。
涙が止まらない。
「…」
「ごめっ、嘘ついて…っ、おれ、お前に嫌われたくなかったんだ…」
そう言って「きょうこ」という人と秋人の関係に嫉妬したこと、薬を飲まなかったこと、俺の本当の気持ちを全て秋人に打ち明けた。
全てを聞いた秋人は掴んでいたもう片方の手を離し、そっと離れた。
「…」
しばらくお互い何も言わずにいたが、初めに沈黙を破ったのは秋人だった。
「…じゃあ、真琴は俺を想って薬を飲まず、嘘をついた。これで合ってる?」
「…うん」
理解し、落ち着いた様子の秋人にほっと息をつく。
「…ねぇ、じゃあさ、今まで俺があれだけ真琴を甘やかしてた意味も知らなかったってこと?」
秋人は俺の手をそっと取り、静かに言う。
秋人が俺を甘やかしてたということに驚き、意味?訳がわからない、といった感じで秋人を見つめた。
「だからか…」
秋人は、はぁーーっと長いため息をつき、しゃがんで頭を抱えた。
どうやら俺はまたおかしなことを言ったらしい。
秋人は顔を上げ、俺を見た。優しさと呆れた表情感じでふっと少し笑った。
「真琴。何を勘違いしてたのかわからないけど、俺はずっと真琴のことを愛しているよ?真琴と家族になりたいって思ってた。」
薬だって…と言いかけやめた。
「この話はしなくていいか…」
とぼそっと呟いた。
「それと真琴、泣かせてごめん。自分の言葉が足りなかったことが悪いのに…ほんっとーに本当にごめん。
真琴が他のやつと寝たってことに怒りで…」
と必死に謝る。
「いや、俺も悪かった。嘘ついてごめん。ずっとお前のことが好きだった」
その言葉にふわっと花が咲くような笑顔を見せる秋人。
しかしさっきの秋人はなんだったんだ…
本当に別人かと思うくらいに怖かった。
子どもを堕ろせ、なんて…。
いや、冗談で言ったんだろう。本気ではなかったはずだ。
そう言い聞かせ、もう怒らせないようにしようと心に誓った。
しばらく、秋人と話していたがわかったことは「きょうこ」という人は秋人の許嫁だった人で、その解消をしに、あの時会いにいったらしい。
「だって俺には真琴しかいないし、きちんと全てを片付けておかないとって思ってたからね」
なんて、秋人も本当にずっと俺のことを想ってくれていたようだった。
他にも色々と説得しまわっていたようで…
「秋人…」
ーーー・・
退院した後は、結婚式の準備や、2人で住む家の準備、大学のことなどで忙しく、すぐに日が経った。
俺は検診のため、再び病院に訪れていた。
またあのおじさん医師とご対面だ。
「んーー…結構順調に育ってるね。いい感じいい感じ。次は2週間後に来てくださいねー」
にこにこ話してくれるおじさん医師はやっぱり感じが良い。ふくよかな体型も健在だ。
「ありがとうございました!」
椅子から立ち上がり、秋人に伝えないと、と意気込んで帰ろうとしたとき、おじさん医師が
「あ、妊娠促進剤飲んでたみたいだけど、胎児にも君にも影響ないみたいだから安心しなさいね〜」
そう言ったのだ。
最終話 fin.
⚠︎排卵誘発剤という薬はありますが、妊娠促進剤はありません。
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