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1.召喚されまして

 社会人になって10年目。ろくに仕事もできない平社員、それが僕だ。  周りが徐々に出世していくのを横目で見ながら、給料が安いままなことを嘆く。そんなんだから誰かに恋をしてもただ見つめているだけ。きっと彼女たちが望むようなデートもできない。 「え……どこ、ここ?」  そんな僕の目の前がいきなり真っ白くなり、気がついたら白っぽい祭壇のようなところに立っていた。  全裸で。  しかも周りには白っぽい衣裳を着た髪の色の薄い人たちが(かしず)いている。  何これ? 「王よ……異世界より現れし王よ。ここはナンシージエ、王の為の世界でございます。どうかお名前をお教えください」  人々の中から一人スッと立ち上がり祭壇の方に進み出た綺麗な男性が厳かに言った。 「え? 王って……ナンシーって? わけがわからないんだけど……」 「ナンシージエです、我らが王。この世界を安定させるには王の存在が欠かせません。どうかお名前を……」 「光山(こうやま)です……」 「コーヤマさま、でございますね。そのままでは病気になってしまいます、どうかお降りください」  いろいろ注文が多いな、と思いながらも彼の言うことに従って祭壇の横にあった階段を降りると、白い、昔のギリシャ人が着ていたような服を着せられた。もちろんみな似たような恰好をしている。  彼は私の足元を見ると眉を寄せた。そして、「失礼」と言ったかと思うと僕をお姫様だっこして表へ運んだのだった。 「ええと、歩きたいのですが……」 「なりません。おみ足が怪我をしてしまいます」  そう言って彼は僕を下ろさないで歩き続け、再びなんらかの建物に足を踏み入れた。抱き上げられたままちら、と背後を窺うと先ほど出てきた祭壇のようなものがあった建物と、何人かが付き従ってきているのが見えた。  彼の足はよどみなく建物の中を進み、決して軽くはない僕を抱えたまま階段まで上った。見た目より筋肉がついているのかもしれないとぼんやり思った。  そしてとうとう大きな扉の前に着いた。きっと偉い人がいるところなのだと僕は思い、身体を強張らせた。 「王のおなりだ。開けよ」  そう彼が言ったかと思うとギギギーッと大きな音を立てて扉が開いた。果たして部屋の奥にあったのは如何にもな玉座だった。その周りにはギリシャ人が着ているような衣裳を着た、これまた色素の薄い人たちが傅いていた。玉座には誰も座っていなかったことから、これからどこかから入ってくるのかもしれない。僕は不謹慎とは知りながら広い装飾がふんだんに施された部屋をきょろきょろと見回した。ふふっと頭の上から笑うような声がした。どうやら彼に笑われたらしい。子どもっぽいことは素直に認めます。  彼はまっすぐ進み、あろうことか僕を玉座と思しき豪奢な椅子に座らせたのだった。 「え? え? なに?」  しかも混乱する僕の前に傅き、 「我らが王、コーヤマさまの御光臨を長らくお待ちしておりました。どうぞなんなりとご命令を」  と言い出す。僕はただぽかん、と口を開けることしかできなかった。  とにかく話が全くわからないので詳しく聞くと、この世界には王が必要で、その王は異世界から召喚するのだという。王が長らくいない世界は荒れ、人口も減少していくのだとか。王はただ楽しく過ごしてくれるだけでよく、統治などする必要はないらしい。それを聞いて僕はほっとした。ろくに仕事もできなかった僕が国家経営などできるはずがないからだ。(ヘタレと言いたければいうがいい)  僕がこの世界の王様で、ただ楽しく暮らせばいいなんて考えただけでわくわくしてきた。 「じゃあ……美女をいっぱい連れてきてくれないかな?」 「……申し訳ありません。伝え忘れましたが、この世界には女性はおりません」  僕を抱き上げて運んできた彼が静かに言った。 「は? なんの冗談?」 「冗談でも嘘でもございません。他の世界にはいると常々聞いてはいるのですが、この世界にいるのは男だけです」 「えええええ!?」  どうしても信じられなくて言い方を変えたりして質問してみたが女性はいないの一点張りだった。 「そんなぁ……」  僕はがっかりして椅子の片方の肘掛けにうつぶせた。悪い夢ならば醒めてほしかったが、全く覚める気配もない。 「王、せめて美しい者たちをご用意しますのでそれでご容赦ください」  彼の慰めるような提案を受け入れることもできない。それぐらい女性がいないということは僕にとってショックが大きかった。 「嫌だ……どんなにキレイでも男なんて嫌だよ……まだたこともないのに……」 「……失礼ですが、コーヤマさまはおいくつでいらっしゃいますか?」 「今年32……」 「30歳を越えて、まだ清い身体でいらっしゃるとは……本当ですか?」  再度聞かれて僕はキレた。 「言わせるなよ! どうせ僕は32になっても童貞だよ!!」  そう叫ぶように言って顔を上げたら、何故か彼がとても嬉しそうに笑んでいて、周りの人たちはざわめきだした。 「……え?」  確かにおおごとかもしれないけど、そこまで騒ぐことではないのではなかろうかと思った時、 「ああ、申し訳ありません。コーヤマさまは王ではなく、天使だったのですね……」  彼がうっとりしたように言い、僕を玉座から下ろして抱き上げた。 「天使」って何?  なんだかとても嫌な予感がした。

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