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第870話
掃除も終わった放課後、三条は鞄を持って生物準備室を訪れた。
開けっぱなしの生物室の中を覗くもお目当ての相手はいない。
入室すると準備室の扉をノックした。
「相川先生。
今、お時間大丈夫ですか?
ハムスター見に来ました。」
「三条くん。
ええ、どうぞ。」
三条の顔より低い位置にある髪がふわふわ揺れる。
相川はやわらかく微笑むと準備室へと招き入れてくれた。
先日ハムスターを見に来ると言っていたがお愛想の類いではなかったらしい。
成績同様真面目な生徒だと相川は感心する。
「三条くん、こっちです。
どんぐり、って名前です。」
「ちっちゃい。」
「三条くん大きいですから余計小さく見えますね。
あ、おやつあげてみますか?」
「良いんですか?」
どうぞ、向日葵の種を手渡されると三条はそっと差し出した。
どんぐりはきゅっと小さく鳴いてそれを取ると奥の家の陰で食べはじめる。
小さな手と歯で器用に食べる姿が可愛くて三条は目を輝かせ食い入っていた。
「食べたっ。
可愛い。」
「さっきまで回し車で遊んでたからお腹空いてたんですね。
あ、水なくなりますね。
どんぐり、待っててください。」
どもっている印象があったが、しっかりと話している相川に三条は自分が水を汲んでくると申し出る。
相川が動く度にもさっとした髪がふわふわ動いて、こっちも小動物みたいだ。
窓際にある水道で容器を濯ぎ、水を汲む。
振り返ると、どんぐりと視線を合わせ慈悲に満ちた相川の横顔に少しの寂しさが滲んでいた。
「もう、おじいちゃんですから…」
「おじいちゃん、ですか?」
「ハムスターの寿命は長くても4年程です。
この子は過ぎています…」
どうぞ、と水を渡すと眼鏡の奥の目が見えた。
綺麗に澄んでいて、それがより悲しさを引き立てる。
「沢山、楽しい思い出を作ってあげたくて…友達も…、」
慈愛に満ちた目は悲しそうに伏せられた。
その姿だけで、どんぐりがどれだけ相川に愛されているのか解る。
三条は相川の隣、どんぐりと視線を合わせしゃがみこむ。
「俺も、どんぐりの友達になってもいいですか?」
「…はいっ。
勿論です。」
「どんぐり、また遊びに来ますね。」
穏やかに笑う教師は心からの言葉を吐いた。
「三条くん。
ありがとうございます。」
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