3 / 3
第3話
姫宮に写真のことがバレてから、俺はほとんど毎日のように呼び出されていた。
その中にはいわゆるパシリのようなものもあったが、たいていは俺をからかったり、逆に俺の存在を無視してスマホをいじったりしているだけだった。
ーー時折キスしろと命令される以外には。
姫宮は、侑のことが好きな俺をからかって遊んでいるのだろう。
俺が逆らえないのをいいことに、姫宮の行為はだんだんエスカレートして、キスの最中に俺の身体をまさぐってくるようになった。
好きでもない相手から肌に触られるのは、気持ち悪くて仕方なかった。
なのに俺は、姫宮手つきに、不快感以外の感覚を覚えるようになってしまっていた。
そんなある日の昼休みのこと。
朝チェックするのを忘れていたスマホを見ると、姫宮から通知が来ていた。
『今度の日曜おれの家来てね〜』
姫宮はたいていスマホで場所を指定して俺を呼びつけるのだが、家に来いと言われたのは初めてだった。
『わかった』
それだけ返信してスマホをカバンにしまう。
そうして黙々と弁当を食べていると、
「そうだ奏多」
クラスメイトと話していた侑が、俺に向き直って言った。
「今度の日曜さ、俺部活ないんだけど一緒にどっか行かねぇ?」
「……悪い、日曜は用事あって」
なんてタイミングが悪いんだろう。
姫宮にはもう返事をしてしまったから、やっぱり行きません、とはいかない。
あと数分早く言ってくれれば良かったのに、と苦々しく思っていると、侑が怪訝な顔をしていた。
「もしかして…デート、とか?」
「は?ちげぇよ、そんなんじゃない」
姫宮とデートなんて、たまったもんじゃない。
「そっか……良かった。お前に彼女できたのかと思った」
あからさまにホッとした顔をする侑。
……彼女なら侑のほうがすぐできそうなのにな。
「心配しなくてもお前のほうがすぐ彼女できるよ」
そう告げると、侑はなぜか微妙な顔をしていた。
そして日曜日。
俺は、姫宮の家に来ていた。
「奏多ちゃんよく来たね〜」
姫宮の部屋に招かれる。
両親は仕事でいないらしい。
姫宮は部屋の奥にあるベッドに腰掛けると、
「キス」
とだけ言い放った。
なんとなく予想はしていたけど、来て最初にそれかよ。
俺はもはや諦めに近い気持ちで、姫宮に口付けた。
「んっ……ふ、んぁ……」
いつものように舌を入れられ、姫宮の手が背中や腰をなぞる。
すると、いつもは触れることがない胸にまで手が侵入してきた。
「やっ……んなとこ、触んな……っぁ」
突起を撫でられ、俺は情けなくも少し感じてしまう。
「あれ、奏多ちゃん勃ってる?」
姫宮のその言葉で、俺は初めて自身が昂ぶっているのに気付いた。
ーー嘘だろ。
男に無理やりキスさせられて、乳首触られておっ勃ててんのかよ。
その事実に愕然として、頭の中がグチャグチャになって、気付いたら俺は姫宮を振り払って家から飛び出していた。
逃げたら侑に写真のことバラされるかもとか、そんなことはもう頭になかった。
翌日。
俺は重い足取りで学校へ行った。
昨日のことが頭から離れなくて、授業になんか全然集中できなかった。
そして、放課後。
帰ろうとしていた俺は、侑に呼び止められた。
大事な話があると言われて、クラスメイトがいなくなるまで待った。
「それで、話ってなに?」
2人きりになったのを確認して俺が切り出すと、侑はまっすぐな目をして言った。
「好きだ」
「え……」
思ってもみない告白に、俺の思考はストップした。
「男同士だし、気持ち悪りぃと思うかもしれないけど、俺奏多のこと好きなんだよ」
「一緒にいてすげぇ楽しいし、辛いときにいつも奏多の笑顔に救われてた」
「……男の友達からこんなこと言われても困るよな、でも、奏多の気持ち、聞きたい」
侑の言葉に、涙が込み上げてきた。
嬉しい、侑が俺と同じ気持ちでいてくれたことが、すごく嬉しい。
ーーだけど、侑の気持ちには応えられない。
俺はもう、姫宮によって穢されてしまった。
他の男に弄ばれて感じてしまう俺に、侑の気持ちに応える資格なんてない。
それが、すごく辛い。胸が、苦しい。
それでも俺は、涙に気づかれないよう、無理やり口角を上げた。
「ごめん……侑の気持ちは、とても嬉しい。でも、俺は侑の気持ちには応えられない」
「そっ……か、そうだよな」
辛そうな顔をする侑に、胸の痛みが増す。
「でもさ、俺、侑のこと友達としてすごくいいヤツだと思ってるんだ。だから、これからも友達でいてくれるか?」
声が、震える。
泣きそうなのが侑にバレていないだろうか。
「……ありがとう奏多。俺、告白して奏多に嫌われたらどうしようって思ってたんだ。こちらこそ、俺と友達でいてくれたら嬉しい」
「バカだな、俺がお前のこと嫌うわけないだろ。……じゃあ、また明日」
そう言って、俺は教室から飛び出した。
これ以上あの場にいたら、侑の顔を見ていたら、きっと涙をこらえきれないと思った。
事実、教室から出ると抑えていた涙がポロポロこぼれた。
泣きながら廊下を曲がろうとした時、反対側から来た人とぶつかった。
「ごめ……」
「奏多ちゃん、泣いてるの……?」
最悪だ。よりによって泣いている時に、1番会いたくないやつに見つかった。
俺は姫宮の顔を見たくなくて、うつむいたまま避けて通ろうとした。
「奏多ちゃん顔上げて」
そこを、姫宮につかまれる。
「俺だけに見せる顔、見せてよ」
そこで俺は気付いた。
姫宮の声が、笑っている。
俺が涙でぐしゃぐしゃの顔で姫宮を見上げると、姫宮は満面の笑みを浮かべていた。
「……やっぱ泣き顔最高」
あぁ、俺はなんてやつに捕まってしまったのだろう。
ーーそれでも俺は、もうこいつから逃れられない。
ともだちにシェアしよう!