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第1話

ぴんぽーん 呑気な音が診療所に響いたのは休日の朝だった。 「はいよー。誰ですかい?こんな朝っぱらから……」  朝食の後片付けをしている男の代わりに呪術師が玄関を開けると、目の前に白いフリルの塊が飛び込んでくる。 小さい顔に大きな瞳。 燃えるような赤い髪は長く、流行りの形に緩やかに巻かれている。  陶器のように白い肌はきめ細かく、朝日を受けて眩しいほどだ。  王都ブランドの新作をまとった華奢な少女は、子犬のように呪術師の腰に飛びついた。  「うわっ!な!メ、メル?!」  「そうでーす。先生のメルだよっ」  「てめえ、どうしてここが」  絡みつく細い腕を外しながら驚く呪術師に、間延びした声がかかった。  「ごめんごめーん。連れてくるつもりはなかったんだけど、どっからか聞きつけてついてきちゃってさぁ」  「アグ、てめえか!」  申し訳無さそうなアグラディアを怒鳴る呪術師。  騒ぎを聞きつけて、エプロン姿の男も現れた。  「先生?お客さんですか?」  「ああ、まあそうだな。仕事仲間だ。うわっ」  フリフリドレスの少女が子猫のように再び呪術師に飛びつく。  「会いたかった!会いたかったよ先生っ!」  「おいっ、首にぶら下がるんじゃねえ!」  「先生、相変わらずだね!そういうぞんざいな所も好きっ」  そう叫ぶなりメルは呪術師にキスを仕掛けた。 (な!)  男が内心で悲鳴をあげるが、呪術師はうんざりした顔でメルを避ける。  「おまえさんも相変わらずだな」  すんでのところで顔をそらし、メルの両腕を外してそっと地面に降ろした。  メルが思いがけないという顔で見上げる。  「えー、いつもはキスしてくれるのに、なんで?!」  その言葉に男が反応する。  「『いつもはキスしてくれるのに』?!どういうことだ?先生!」  「は?!なにこのムサイおっさん」  今気づいたかのように男を睨みつけるメルに、呪術師が頭を掻きながら説明する。  「あー、メル、紹介する、俺の恋人だ」  呪術師のさらっとした紹介に、まるで信じられないものを見るように口を抑えて驚くメル。  「え、えー?!嘘!先生に恋人?!あの冷血漢で、喰うことは喰うけど決して深入りしない事で有名な最低男の先生に!?」  不穏な言葉の羅列に男の顔色がまた変わる。  「『喰うだけは喰う』?!」  「メル、まて」  「来るもの拒まず、去る者追わずが行き過ぎて刺されそうになったけれど頑なに恋人は作ろうとしなかった先生が?!」  「『来るもの拒まず』?!」  「メル」  「拷問対象にまで求愛されて、恋心を利用した挙句処刑させた冷酷無比が?!」  「『拷問対象から求愛』?!」  「メルヴィン!!」  呪術師がメルヴィンの頭に持っていたファイルを振り下ろした。  べん、と言う気の抜けた音が響く。  「いったーい。ひどいよ先生ー」  「え?メルヴィン……って、まさか」  ぎょっとする男にメルヴィンが振り向く。  「私、男だよ?」  頭を抑えたまま振り向いたメルヴィンは、小悪魔を絵に描いたような顔でせせら笑った。その姿は少女にしか見えない。  「旦那。コイツはややっこしいナリだが確かに男だ。ついでに、見たとおりの年じゃねえから気は使わねえでいいですぜ」  面倒くさそうに呪術師が言い捨てると、聞こえないふりをしてメルヴィンはあたりを見回した。  「それにしても先生ってば、こんな僻地の、こんなに小さい村に居たのかあ。見つからないわけだよね」  さも当たり前のように呪術師のローブにしがみ付く。  「仕事の時以外は俺に構ってくれるなって言ってんだろう?ええい、離しなせえ」  「ホントにつれない!先生ってば、捜査のときしか遊んでくれないんだもん」  わざとらしく頬を膨らませるメルヴィン。  横から見ている男はメルヴィンの馴れ馴れしさに十分イラッときたが、初対面の相手という事も有り拳を握ってなんとか堪えた。  突然の来客に、とりあえずと呪術師が声をかける。仕事がらみなら、どうせこの場でできる話などないのだ。  「いいから、仕事の話なら応接室でしましょうや。旦那、すまねえがお茶をお願いできますかい?」  頷いて立ち去ろうとした男を、アグラディアが引き止めた。  「あー、まって。今回は悪いんだけど、おっさんも聞いてほしいんだぁ」  「そりゃあまた、どういうことだい?」  呪術師の目が険しくなる。  「まあまあ。とにかく一緒に聞いてよぉ」  応接室に三人を押し込むと、アグラディアが手早く事情を話しだした。

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