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第2話
淫魔に詳しく、遠目でも淫魔を見分けられる呪術師にまた捜査協力依頼が来た。
舞台は闇の人身売買パーティー。
人身売買には戸籍を持たなかったり、探す人の居ない様な、餌として便利で見目麗しい者が売り出されるためよく淫魔が人間に化けて出没するのだ。
「今回の俺達の目的はまず攫われた淫紋持ちの証言者の確保ねぇ。どうやらこのパーティーに商品として出品されるらしいんだわ。もちろん淫紋をつけた淫魔も狙ってるはずのこの少年を無事に取り戻さなきゃいけないってコト。淫魔捕縛の方は今回はメインじゃないけど、運が良ければトライしたいかなって程度ね」
アグラディアが写真を取り出す。
そこには儚げな金髪の美少年が写っていた。
「私ほどじゃないけど、わりと良い見目だね」
メルヴィンが呟く。
人身売買取締班と合同で、淫魔捜査が行われるのはいつもと同じ。
なるべく穏便に証拠を掴んで後日の検挙に結びつけたい人身売買取締班と、攫われた淫紋持ちの裁判証言者を確保したいし淫魔も可能であれば捕らえたいアグラディア達淫魔捜査班の合同捜査だ。
不思議そうに呪術師がアグラディアに確認する。
「今回もまたどうせメルと俺が組むんだろ?」
「それなんだけどねぇ……、さっきも言った通り今回のターゲット、淫紋つけられててさぁ。淫魔さんの気をそらすの、ちょっと骨なんだわぁ」
「嫌な予感がしてきたぜ」
「おっさんの魔力フェロモンの力をお借りしたいなぁー……って」
ちらりと男の方を見るアグラディアに呪術師が血相を変える。
「だめだ!だめだだめだ!」
「にべもない。せめておっさんの意見聞こうぜぇ?」
「旦那にそんな事させられるわけがねぇ!」
「でもさぁ、おっさんの魔力フェロモンなら、普通の淫魔なんかイチコロじゃん?」
「当たり前だ!オオカミの前にステーキ置くようなもんですぜ!いや、肉でできた家を建てるようなもんだ!」
そこで、メルヴィンが砂糖菓子のような笑みを浮かべた。
「そうだよアグ。こんなトロそうなおっさんじゃ任務なんか無理に決まってるって。いつも通りが一番だよ」
「誰がトロいって?」
男が苛立つがメルヴィンは無視をする。
こてん、と今度は呪術師にもたれかかりながら上目遣いで強請った。
「ねえ先生、いつも通り私と一緒にパーティー行こうよー。新しい奴隷装束新調したの!見てほしいな」
呪術師の腕に抱きつくメル。肩越しに男を睨むことも忘れない。
しかし、男は妙な単語に反応した。
「奴隷、装束?」
「……人身売買パーティには大抵ドレスコードがありやして……正装と、お気に入りのペット、要するに性奴隷の同伴が必要なんでさぁ。」
「私、もうずっと先生の性奴隷やってるの」
「言い方。メル、言い方ちゃんとしてくだせえ」
「今まで先生と色んなところに行って、色んなコト、沢山したんだー」
目をキラキラさせてとんでもない事を言い出す同僚に、呪術師は冷や汗が止まらない。
男の声が低く響く。
「……先生?」
男の目つきは鋭い。
呪術師は大慌てで訂正する。
「語弊がありますよ!みんな仕事です!!他意はねえんです!」
必死で弁解する呪術師の腕にはメルが得意げにぶら下がっている。
クチパクで
『バーカ』と言ってくるのが憎らしい。
男のなかにあるイライラが溜まりに溜まり、突然叫んだ。
「おれ、協力する!」
「はい?!意味わかって言ってるんですかい?あいつらのパーティーは殆ど乱交パーティーだ。いかがわしい奴らがゴマンといる」
「淫魔の被害者を助けるんなら、俺だって無関係じゃねえよ。淫魔は俺の敵だ。例の淫魔の事もなにか解るかもしれねえ」
「しかしだな!」
「それに」
顔を赤らめた男の声が小さくなる。
「それに、先生。コイツと一緒に出席したら、コイツと、その、エッチするかもしれねえんだろ……?」
「……そういう仕事だから、旦那にゃやらせたくねえんでさ。わかってくだせえよ」
「先生は私にまかせて!おっさんは家でお茶でも飲んでな」
「メル!」
「アグラディア、おれ、やるよ。まずは何をしたらいいんだ?」
「おぉ?マジー?やってくれるぅー?助かるわー!」
にこにこと頷くアグラディアを親の敵のように睨む呪術師。
「ちえー」と残念がるメルヴィン。
こうして男は捜査に加わることになった。
◇
今回の人身売買パーティー会場は、西の街にあるとある有力者の持っている屋敷で、私設劇場が併設された巨大なものだ。
中央天井部では、シンボルである巨大な魔結晶を用いたシャンデリアが煌々と室内を照らしている。そしてそれと同時に施設内全ての必要魔力を賄っていた。
太陽の如きその下には大きな水晶で飾られた噴水が設置されていて、魔術で空間を捻じ曲げられ底のない水域を極彩色の魚達が泳いでいる。
パーティーはステージ上と、そこにつながっている幾つかの広間で開かれている。
目玉商品が並べられたステージと他の部屋はどこからでも自由に出入りができ、客達は其々気ままに美食をつまみ、酒を飲み、ペットの性奴隷を自慢しあっていた。
歩き疲れれば自分にあてがわれたボックス席に戻れば良い。
劇場の座席は全てVIP席の半個室で、結界カーテンを閉めれば一応目隠しにはなる。
だが、殆どの客がそんなものなど使わずに思い思いにペット達を可愛がっていた。
美しいペットを見せびらかすのもパーティーの醍醐味。
ここではそれが普通だ。
ペットの主人である客達は皆顔上半分を覆うマスカレイドマスクをつけている。
もちろん呪術師も赤銅色のカラスを模したマスクをつけていた。ペットである男は素顔のままだが、念のためこっそり印象を変える術がかけられている。
少し遅れて特級馬車から降りた二人はさして待つこともなく持ち物検査をパスして会場へ入った。
スタッフの証であるウサギ形プレートを胸に下げた青年が招待状を受取り、呪術師に尋ねる。
「ようこそお越しくださいました。更衣室はお使いになられますか?」
「いや、今日はローブだけクロークに預けよう」
そう言って後ろの男に銀の杖を軽く翳して合図をする。
男はおずおずと全身を覆うグレーのローブを脱いだ。
鍛え上げられた見事な体躯と、美しく淫らな装束がシャンデリアに照らされる。
ハリの良い、年齢にしては若い肌が優美に明かりを反射し、外気に触れたことでピンと尖る乳首がほんのり色づき美しい。
封印具で抑えきれぬ微かなフェロモンも相まって、周囲からため息が漏れる。
だが男は周囲の反応に気が気ではない。ひそひそと呪術師に声をかける。
「(おい、先生、やばいんじゃねえの?なんかバレてない?)」
「(大丈夫。皆旦那に見惚れてるんでさ)」
大事な恋人が人目にさらされる事への焦燥感と、最愛を舐め回すゲス共の視線にこみ上げる嫌悪感を殺して呪術師は男に笑顔を向ける。
機会さえあればこの場の客達全ての目を丁寧に潰して周りたかった。
悩ましい衣装を身に着けた男の横顔を眺めて内心でため息をつく。
アグラディアが男に用意した奴隷装束のテーマは魔獣。
魔犬のものを模した黒い獣耳と、露出した胸を強調するレザーコルセット。
黒が基調でヒール部分がメタル製のニーハイブーツ。
銀の鎖の小物達。
四肢には装飾品に偽装した、強力な魔結晶が嵌った封印具のリングがとまっている。
指先にはご丁寧に月モチーフのネイルアートまで施されていた。
男の黒目がちな瞳に獣耳は正直呪術師のツボだし、いつかそういう装束を着せたいとは思っていたが、自分以外に見せることになるとは思わなかった。浮き立つ気持ちと独占欲がないまぜになり、微妙な気持ちだ。
救いなのが、露出の多い上半身に比べて下半身はレザーのタイトスカートでがっちり覆われて居る点だろう。スリットが入っているとはいえ捲りあげることもできない硬さで見るものの視線を弾いている。
ふいにフクロウの仮面を被った初老の客から声がかかった。後ろに褐色肌の少年と肌の白い金髪の青年ペットを従えている。
入口付近に陣取り、一々客達のペットを品定めしては声をかけている様だった。
「すばらしいですなあ。顔立ちは精悍、体格バランスも良好、肌もなめし革のように上質。近来稀に見る素体だ。一体どこで見つけられたのか、まったく羨ましい。」
ここで言う素体とは躾前の性奴隷か、もしくは調教中の性奴隷を差す。
初老の客はひとしきり賞賛したのち、最後に少し残念そうに零した。
「しかし、少々装束が堅牢過ぎではないですかな?これではペット君も窮屈でしょう?」
ペットが窮屈などと言っているが、本心は自分が見たくて仕方ないのがダダ漏れである。男の尻を凝視し、好色さを隠そうともしない。
呪術師は男を庇うように一歩進み出て笑顔で答えた。
「実は今ちょうど「おあずけ」をしておりまして……。まだ仕込み中の素体なのでお見苦しかったら申し訳ございません」
銀の杖に仕込まれていた小さい鞭を引き抜いて、軽く振り、手のひらへ着地させる。
パシン
剣呑な音が響くが、万が一人に当たっても大きな音がするだけでほぼ痛みのない特殊鞭だ。
しかし、呪術師の笑顔の圧力に威嚇され怯えたのか、舌なめずりをしていた初老の客は一歩下がる。
「お、おお、そうでしたか。ほ、本日はお互いに楽しみましょう。では……!」
自分のペットを引っ張るようにしてそそくさと立ち去った。
やれやれと見送る呪術師が後ろの男に尋ねる。
「(大丈夫ですかい?今日はずっとこんな感じですぜ?)」
ちょっと緊張した面持ちで男が頷く。
「(ああ、平気だ。行こうぜ先生)」
目配せをして二人は戦場となるパーティー会場へ向かっていった。
◇
華やかに飾りつけられた広間の片隅で、呪術師と男はヒソヒソ声で話している。
「(アグ達は先に会場入りしてるはずです。こっちはこっちで会場をゆっくり回っておくとしやしょう。淫魔を見つけたら教えますから、俺からけして離れねえように、それから)」
「(この赤い石がついたイヤカフを絶対に外すな、だろう?)」
男が右耳を軽くつまむ。そこには赤い石がついた銀製のイヤーカフスが輝いていた。
会場内のペット達には必ずこれがつけられていて、白い石は『自由に触っても犯しても怪我させなければよい』、青い石は『ペット同士の遊び相手を探しています』、等の意味があると予め男は聞かされている。
赤い石は『どなた様もけしてお手を触れないように』という強い意味だ。
もちろんどれも魔力が込められていて、制約を破る者にはペナルティが課せられる。
「(そのイヤカフがないペットは犯されようが、殺されて食われようが文句が言えねえ。本当に気をつけてくだせえよ?)」
客や主催者の趣味によりワザと『野犬』と称してイヤーカフス無しで会場に性奴隷を放つ事もあるが、その際ほぼ性奴隷には命はない。
呪術師はハラハラしながら男に何度も言い聞かせる。だが男はよそ見をしたまま生返事だ。
「(はいはいわかってるって)」
呑気な男に呪術師がため息を付いた。
そんな呪術師を尻目に部屋に漂う豪奢な食事の香りに男の喉が鳴る。
「ところでゴシュジンサマ。ここにある食い物類はおれも食べて平気か?」
ちらちらご馳走のテーブルを気にする男が呪術師に尋ねた。
まるで餌を強請る忠犬のような眼差しに、微かにショックを受けたように呆然と呪術師が呟く。
「ゴシュジンサマ……」
この場では男は呪術師のことをご主人様と呼ぶ事になっている。
そういう仕事だ。
わかっている。
わかってはいたが、呪術師はその淫靡な響きに軽く感動した。
犬耳。
ほぼ半裸の装束。
不慣れで舌足らずなゴシュジンサマ呼び。
これに感動しない恋人がいるだろうか。
装束を用意したアグラディアに少し感謝しても良いなと思った。
「おーい?ゴシュジンサマ?駄目なの?いいの?どっちだよ」
呪術師の目の前に手のひらをかざして男が声をかける。
正気を取り戻した呪術師は咳払いをしてごまかした。
「ごほん、ああ、はい、自由に食べて大丈夫ですよ。でもお酒は控えておきましょうか」
「やった!」
喜び勇んだ男が肉料理の並んだテーブルに向かう。
その尻にはふっかふかの犬の尻尾がご機嫌そうに揺れて、呪術師はその愛らしさに思わず真顔になった。
◇
二人で軽く食事を物色しながら、会場となっている幾つかの部屋を順に見て回る。
呪術師はさり気なく客達の中に淫魔を探すが、今のところそれらしい気配はない。
一方男は男で物欲しそうに向けられる視線や、イヤカフの色を見ての舌打ち、こっそり囁かれる「私のものにならないか?」と言う勧誘に愛想笑いを返すので忙しかった。
イヤカフとさり気なく客を追い払う呪術師のお陰で、直接触れられたことがないのが救いだ。
偶に呪術師の方に具体的な金額を提示する剛毅な客もいるが、そっちの方は呪術師が上手に躱してくれるから楽だった。
今回はステージの上も会場なので客は自由に行き来できる。
煌々と照明で照らされたそこにはいくつもの丸テーブルが並び、その上の椅子にはこのパーティーで売りに出される商品達がそれぞれ座っていた。
鳥の羽や様々な色に染め抜かれたシルク、レース、数多の宝石、貴金属、そういったもので飾り立てられた美しい人間たちが、物のように展示販売される退廃の市場。
商品は勝手に椅子から降りることは許されず、見えない結界によって閉じ込められている。
そして彼らが乗っている豪奢なテーブルの足元には蓋のされた小箱が置かれていた。
商品の奴隷たちを囲み、あれこれ品定めする者。
側のスタッフになにか質問する者。
商品に話しかけてはニヤニヤする者
客達はそれぞれが市場を楽しんでいる。
「(商品の人間からカードを受取って、金額を記入したら決められた時間帯に箱へ入札するんでさ。一番高いやつが後日金と引き換えに商品を受け取れる。俺たちのターゲットは、……ああ、いた、あの少年です)」
呪術師が視線で指し示す先には、先日アグラディアの写真で見た金髪の美少年が何もかも諦めた目で俯いていた。まるで雨に濡れたカナリアだ。
「(かわいそうに……)」
男が小さく呟く。
ここに来る前に目を通したプロフィールを思い出していた。
「(神学校へ進学予定だったんだろう?なのに……)」
「(ああ、淫紋をつけられたとあっちゃあもう神学校へは行けねえ。しかし、あの子にはまだ他に幾らでも道がある。とにかく生きて帰すのが俺らの仕事でさあ)」
まずは少年の確保が先だが、この捜査がうまくいきさえずればステージ上に並ぶ他の商品にされている人たちも、このパーティーの主催者達が摘発後に解放されるとアグラディアは言っていた。
無意識に拳が硬く握られるのを、呪術師の細い手がそっと抑えた。
はっとして振り向くと、優しい目が頷いてくれる。
必ず助けよう。
そう胸に誓いながら二人はステージを後にした。
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