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第3話

別の広間へ向かう途中で、アグラディアとメルヴィンに出くわした。  アグラディアは道化師の仮面に黒の正装。対してメルヴィンの白レース主体の装束が黒白で映えている。テーマはたしか妖精だったはずだ。薄い胸や長く嫋やかな手足が瑞々しい。  少し先に会場入りしていたらしく、アグラディアの方はすこし頬が赤くなっている。  「よっ、楽しんでるー?」  「ご機嫌ですね」  敬語だが呪術師の視線には「仕事中に飲んでんじゃねーよこの馬鹿」と書いてある。  「ダイジョブダイジョブ。ちゃんと加減はしてるからぁ。それよりすごいじゃん、二人が入場したあたりからあちこちでジェイのペットの話題ばっかりよぉ?」  ジェイとはこの場での呪術師の偽名だ。もっと会場にいる客達は基本的に本名を使わないので怪しまれることもない。  「ペットちゃん、まだ素体だけど質が良すぎるってさ。羨望の的だねぇ。いやすげえや」  「他人事のようにおっしゃいますな」  慇懃無礼な呪術師に、アグラディアが苦いものを飲み込んだ顔になってぼそっと呟く。  「(……うわあ、知ってたけど師匠のその喋り方超キモい)」  「(毎回毎回キモがるな!しょうがねえでしょう、ここで訛ってたら目立って仕方がねえ)」  「(そうですけどぉ。……キモい)」  「(いい度胸だテメエ、あとで見てろよ)」  「(あ!あ!まって!今日のおっさんの装束用意したの僕!僕ですよ!それについてなにかないの?!)」  「(こんなヤラシイ衣装用意しやがってぶっ殺す。ありがとう。)」   「(どっち?!)」  ヒソヒソと盛り上がる二人の間に、痺れを切らしたメルヴィンが入ってきた。  「ちょっと!ご主人様達ばっかり仲良くしてずるい!」  「うわっ、こら!僕ご主人様でしょ!頭掴まないでぇ」  「ああ、これはこれは、可憐な妖精さんだ」  一瞬で取り繕った呪術師がメルヴィンを褒めた。  えへへと花が綻ぶように照れるメルヴィン。それを呆れ顔でアグラディアが見下ろしている。  「こいつ自分でイヤカフ取り替えてジェイのトコ行こうとしたんだぜぇ?信じらんねえ」  「終生飼育希望です!」  キラキラした目で見上げ、両手を前で組むメルに呪術師も苦笑する。  すると男がずいっと割りこんだ。  「残念でした!ゴシュジンサマは今おれに手一杯ですー!」  テーブルから取ってきたばかりの肉料理の皿を抱えたままメルヴィンを牽制する。  「なにこの食い意地張って頭悪そうな大型犬。ジェイ様可哀想ー!頭悪いペットの躾可哀想ー!」  「なんだと?!」  「はいはい、そこまでですよ」  白熱するペット同士の喧嘩に呪術師が男の首輪を掴んで引いた。  ざまあみろと舌を出すメルヴィンに、呪術師が屈んで言い含める。  「すみません。この仔はまだ日が浅いから、どうか先輩として色々教えてやって下さい」  「ひっ、は、はい!」  いつもとは違う紳士然とした呪術師にメルヴィンは目がハートだ。その後頭部をアグラディアがスパンと小突く。  「お前はもー!余計なことすんなよぉ」  「いったーい!」  「じゃー、僕らこれからメイン商品見てくるからぁ」  大げさに頭をおさえるメルヴィンを引っ張ってアグラディアが去っていった。  もう来るな、と言いたげな顔で見送る男が、ふと隣の呪術師が妙にニコニコしている事に気づく。  「なんだよ?ニコニコして」  「ふふ。可愛い子に焼き餅を焼いてもらうのは存外楽しいものですね」  ご機嫌な顔をぐっと男の方へよせて頬に軽くキスをした。  「なっ、ば、急に!」  羞恥にワタつく男の様子を、周囲の客達が遠巻きに珍しそうに見ている。  「……ほう、初々しいですなあ」  「羞恥に染まる肌というのは良いものだ」  「最近は奥ゆかしい素体が少なくなりましたねえ」  「羨ましい」  「薬による躾は楽ですが、羞恥心が真っ先に壊れるのが悩みどころですもの……」  「ああ、ああいうのをメチャクチャに蹂躙してやりたいものです」  「本当に」  ヒソヒソと聞こえてくる声が次第に物騒になる。  呪術師は男の耳にそれが届かないようさり気なく術で音をそらしてから、手を取り誘導した。  「……そろそろあちらの部屋へ行ってみましょう」                       ◇  会場となる屋敷には劇場を中心に半円を描くように広間が連なっている。  どの部屋も劇場につながっていて、一周歩くだけでも結構な距離だった。  呪術師は慣れないヒールを履いた男を時たま気遣いながら、一つ一つの部屋を回っていく。  「なあゴシュジンサマ、あれは何だ?」  男が通路上に小さい露天が出ているのに気付いた。  ピンク、ゴールド、パープル、グリーン、なにやらカラフルな商品が並んでいるが、何に使うのか見当もつかない。  「ああ、玩具商人ですね。覗いてみますか?」  すっかり紳士然とした喋りが板についた呪術師が陳列されている玩具の中から1つ、男の手のひらに美しいフサフサのついたコロンとした物をのせる。  「おもちゃか?どう使うんだ?」  首を傾げる男。  そこへ呪術師に声がかかった。商人だ。  「お客さまお目が高い。そちらは本日一番のおすすめ品ですよ」  「素材は青狼?」 「よくご存知で。プラグの部分は最新素材の魔術樹脂です。式をお使いになられるのであれば式未設定の物が人気ですよ」  「ふうん、面白いね」  男は商人と呪術師がなにを話しているのかちんぷんかんぷんだ。  目で説明を求める男の耳に、正しい使い方をそっと囁いてやる。  「(これはね、旦那のお尻に差し込む尻尾ですよ)」  「はぁっ?!」  真っ赤になった男が慌てて玩具を落としそうになるのを軽やかにキャッチして、もとの場所へ返す。  「ふふふ。こういうのもいいですが、貴方には私がちゃんと誂えますから楽しみにしていて下さい」  「いい!いらない!」  「遠慮はいりませんよ?その前にとりあえずこちらの玩具を試してみます?」  「いらないっ!あっちいくぞゴシュジンサマ!」  沸騰しそうなほど顔を赤くした男がグイグイ呪術師を引っ張って次の部屋へ進んでいった。                     ◇  隣の部屋は二段階ほど暗くなっていた。  あえて魔道具の照明を使わず、紫や桃色の蝋燭が灯っている。  「(弱いですが媚薬の香です。あまり深く吸い込まねえようにしてくだせえ)」  恐る恐る壁際に進んでいく。  少し明かりの強い中央では、檻の中にしつらえたベッドの上で何人ものペット達が肉色も露わに絡み合っていた。  「あっあっ……んんっ!」  「あはははっ……あははっ」  「……そこいいのぉ、もっとしてえ……」  「しねぇ……しねぇ……」  「はぁん!…あっ…イッちゃうぅ」   嬌声と悲鳴、淫猥な水音が室内に響く。  強引に行為をする者がいるようで時たま悲鳴も上がるが、多少のことでは誰も止めようとはしない。  途中、動きが少なくなってきたペット達にスタッフがバケツで何かをぶちまけた。  それは麻薬入りのローションで、モロに被った彼らは次第に狂乱を深めていく。  痛みも苦しみも恐怖も何もかもを快楽に変えてしまう魔の薬。  混乱と痴態の業火へ注がれる油。  男は息を飲む。  「ああぁ、すごぃ!ガンガンくるう!!」  「おなかがセーシでいっぱいになっちゃうぅ!セーシでしんじゃうう!!」  「殺してぇ!今殺してくれぇ!!」  「ぁあん!おかしくなるぅ!」  「あっ、あっ、あっ、あっ!!」  そこには地獄があった。  血と精液にまみれた性奴隷達が快楽と暴力を貪り一層激しく蛇のように絡み合う。  中の一人が首を締められたまま犯され続け、目を剥き動かなくなった。  だが誰も手を出さない。  殴られても噛みつかれても反応しなくなったころ、ようやくスタッフが肉塊となった性奴隷を引っ張り出していった。ずるずるとゴミのように引きずられ、闇に消えてゆく肉人形には肘から先が齧り取られたように失われている。  狂乱に凍りつく男を庇うように歩く呪術師。  周囲の客達は、檻の中に投げ入れた自分のペットがよそのペットと血に塗れながら交尾するのを酒の肴にしつつ、穏やかに歓談していた。中には仕事の話をしているものさえ居る。地獄と隣り合わせの日常だった。  二人が通過している途中、出口付近に居た場を取り仕切っているスタッフが  「参加されませんか?ちょうど一体下がったところなんです」  と一度呪術師に声をかけに来たが、短く断れば食い下がってくることはなかった。  ざっと客達をチェックして呪術師は目的の相手がいないのを確かめると、足早にその部屋を抜ける。  次の間の明るさに目眩を感じながら、呪術師の手を握り直す男。  この会場で行われている宴の異様さを改めて思い知って、冷や汗が流れる。  「(……旦那、こっちで休憩にしやしょう)」   気分の悪くなった男を連れて人混みからすこし離れてから、呪術師は男を座らせて炭酸水を飲ませた。  心配そうに背中をさすりながら、空になったグラスを受け取る。  「(な?ここは本当にひでえだろう?。どうか、無理はしねえでくれ。作戦なんかより旦那のがずっと大事なんだ)」  だが男は首を振る。  「(いや、もう大丈夫。……ちょっと急でびっくりしただけだよ)」   不安そうな呪術師に男はできるだけの笑顔で答える。  少し休んだおかげで冷や汗は収まった。  このくらいで怯えてはいられない。吐き気を無理やり押さえ込み男は椅子から立ち上がる。  その背中を見つめる呪術師は、痛みを堪える表情でそっとため息を付いた。                       ◇  次の間はペット用の装飾品を展示即売しているようだった。先程と比べていくらか明るく賑やかに空気に男が無意識にほっとする。  広い壁沿いに様々な文化圏の衣装や装飾品が並び、客達と商人達が賑やかに商談している。  その中央で、ひときわ目立つ一団があった。  中央の人物が色とりどりの鳥の羽根をあしらった衣装を身にまとい、長いマントを引きずる。まるで南国の極楽鳥のようだ。  仮面も鳥を模している。  派手な帽子をかぶり、身振り手振りで大声で取り巻き達になにか話しているようだ。顔立ちはそこそこ美しいが、濃厚な脂粉の匂いがここまで漂ってきそうだった。  最初は芸人かと思ったが、どうやら客の一人らしく、傍らには飼い主より少しだけ地味な衣装を着たペットらしき少年が侍っていた。  「(すげー)」  「(まるで道化だなありゃ)」  内心呆れる二人。  客の多くが自分よりペットを派手に飾り付けたがる傾向があるのに、この客はペットよりむしろ自らを集中的に着飾っている。  関わり合いになる気は毛頭ないので静かに通り抜けようとしたが、側に差し掛かった時  タイミング悪く若いスタッフが極楽鳥の馬鹿長いマントに躓いて転びそうになった。  「ああっ」  男がとっさに片手を出して支える。  「おっと。大丈夫か?」  「あっ、も、申し訳ございません!」  頭をペコンと下げてそそくさと立ち去るスタッフ。  そこへ甲高い怒声が響く。  「貴様!僕の服を踏むとはいい度胸だな!」  極楽鳥だった。どうやらスタッフを支えた時についマントを思い切り踏みつけてしまったらしい。  「(やべっ)」  慌てて足をどかすが、そこにはくっきり足の跡がついてしまっていた。  「そのっ、すみません」  慌てて謝罪をするが、極楽鳥は男ではなく飼い主である呪術師に向かって絡みだした。  「……ふん、ずいぶんどんくさい、泥臭いペットをお持ちのようだ!」   自分より身長の高い呪術師を見上げながら見下すという高等技術を使いつつ、バタバタと孔雀の羽で出来た扇を扇ぐ。  自分のご主人に加勢しようと、極楽鳥のペットも自分の鼻を摘んで参加しだした。  「ご主人様ぁ、ここなんだか臭くありません?」  するとそれに追随するように取り巻き達がくすくす笑い出す。  いたたまれない男は、しかしどうして良いか分からず立ち尽くした。  自分のせいで呪術師が嘲笑される事が辛いが、今こいつらを殴り倒してもよけい呪術師を困らせるだけだろう。歯噛みする思いでじっと耐える。  しかし、呪術師は真顔の無言のままずかずかと極楽鳥に近づいていった。  読めない表情と勢いに一瞬極楽鳥が怯み、その声が裏返る。  「ひっ!な、なんだ?ぼ、暴力は、んぐぅっ!」  呪術師の細い指ががしっと襟首を掴み一気にその唇を奪った。  まるでそうするのが当たり前のように、無造作に極楽鳥の唇を蹂躙する。  あっけにとられる取り巻きとペット。  角度を変えて二度三度、深く食いつく呪術師。  そして一方的に貪り尽くすと、突然紙くずを捨てるようにぱっと手を離した。  腰砕けになりへなへなとへたり込む極楽鳥に、呪術師が告げる。  「失礼。小鳥があまりに可愛くさえずるものですから」  鮮やかな笑顔。  呪術師は男を引き連れその部屋を立ち去った。  ざわめく広間を後に、廊下に出てようやく呪術師は笑顔を崩す。  「(うえ、口ん中まで白粉の味がすらあ)」  部屋を移動しながら真っ赤な顔の男が謝罪した。  「(先生、ごめん、おれ……!)」  「(気にしなさんな。何処にでも煩いのは居るもんだ)」  ひそっと耳に吹き込み、手の甲で頬を撫でてやる呪術師。  これで大体の部屋はまわれたはずだ。  壁の時計をちらりと確認する。そろそろ時間だ。  「……では、私達もボックス席の方へ参りましょうか」   まるで姫君をエスコートするように男の手を取り歩き出した。

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