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第4話
「お、やってるやってるぅー」
オペラグラスで自分の席から他のボックス席を覗いているアグラディアが呟いた。
この劇場で疎らな観客達は、ステージではなく自分のペットと遊ぶのに夢中か、遊んでもらっている他人のペットを覗き見する事に忙しい。
もっとも覗き見される方もそれを承知で結界カーテンを閉めずにペットを乱しているのだから、お互い様なのだが。
その中でも、中央に陣取る客の手の中で悶えるペットが一際注目を集めている。
逞しい身体に淫らな魔犬の装飾を飾り、ここでは珍しい羞恥に体を染めて背を反らせている様が美しい。
鍛えられた筋肉の陰影は柔らかく、足元の明かりで照らされる肌はしっとりと艶めいて、美術品にしては生々しく、幻と言うには淫らすぎた。
ここからは嬌声までは届かないが、呪術師の指で口を開けさせられている男は時折堪えきれず悲鳴を上げているようで、周囲の熱狂となってこちらへも伝わってくる。
一方で飼い主の呪術師は一糸乱れること無く、ひたすらペットを乱しては達することを許さないという鬼調教ぶりだ。
遠くから覗いているアグラディアが心底気の毒そうに呟く。
「あーあぁ、おっさん大変だわぁ。師匠、スイッチ入ると鬼だもんねぇ」
「……本当は私があそこに居るはずだったのに……」
爪を噛みながら暗く呟くメルヴィン。
仕事とは到底思えないほど熱っぽい瞳で男を見つめる呪術師を見下ろす。……いや、あれは間違いなく恋人への情愛の行為にほかならない。
メルヴィンだって自分と呪術師との関係がただの仕事仲間で、潜入捜査中の情事が愛の無い行為だというのは十分承知している。
でも片恋の相手から、一時でも優しく愛撫され、口づけを贈られることに執着せずにいられないほど、メルヴィンは呪術師への深い想いに囚われていた。
アグラディアは憐憫の情を瞳に浮かべ、そんな同僚の頭をポンポンと撫でる。
「今回はおっさんの魔力フェロモンじゃなきゃ駄目だったんだからしかたないじゃん?ほら、今まで他の部屋にいた奴らもだんだんボックス席に戻ってきた。視線誘導の術も問題なく動いてるみたいだねぇ」
「……この中に、問題の淫魔が?」
「居るはずなんだけどねぇ」
先程からオペラグラスで周囲を見て回っているが、いかんせん呪術師ほどには目の効かないアグラディアには誰がそうなのかがわからない。
すこしウンザリして背もたれに寄りかかった。
腹をすかせた淫魔は男の持つような淫の魔力によるフェロモンに弱く、人間に擬態する時に被る術の皮膜が薄くなる。そこを狙って特定し、ターゲットの競りが始まる前に魅了し妨害、別口の捜査班が確実にターゲットを確保するという作戦だった。
「まぁ、今の僕達に出来るのは、師匠の方から合図が来るまでこうして監視する事だけだわなぁ」
気を取り直したようにオペラグラスを再び目に当てて監視を始めるアグラディア。
しかし、その背後のメルヴィンの瞳には濃い闇が落ちている。
「……ごめん、アグ」
そう呟いて振りかぶった手には、重そうな置き時計が握られていた。
◇
呪術師に割り当てられたボックス席は全座席のほぼ中央で、あらゆる席から見える場所にあった。
二人がゆっくり腰掛けられる上等のソファはもはや小さいベッドで、床にも奴隷用にクッションがいくつも置かれている。
すでに幾つかの席では飼い主がペット達と情事を楽しんでおり、艶っぽい吐息や嬌声が辺りに満ちていた。
どうやらここにも先程の部屋と同じ媚薬が薄く焚き染められているようで、男は頭がクラクラする。
本来なら主用のソファに押し倒され、男は脇腹をなで上げる指にビクリと息を飲む。
歯を食いしばり快楽に耐えるが、細い指を差し込まれ阻まれてしまった。
「(だめだ。せっかくの声が聞こえねえだろう?)」
耳元に低く流し込むように囁きながら、呪術師の指が男の胸を掴んだ。
「あぁンっ!」
わざと乳首先端を掠らせる人差し指に身も世もなく悶える。
この席についてから男は呪術師に散々乱され、快楽への欲求はすでに地獄の鍋のように煮立っている。
最初こそ周囲の視線を意識して氷りついたようだった肢体も、今では呪術師の吐息1つで春の若魚のように跳ねては悶えた。
股間はとっくに張り詰めていて、無意識に腰を覆うレザースカートを取り払おうとするが硬い防刃素材で捲りあげることも出来ず、その上魔術鍵がついているので脱ぐこともままならない。
「ぁん、ゴシュジンサマぁ。お願いぃ、これ取ってぇ」
熱で潤む瞳が飼い主に懇願する。
しかし、呪術師は顔色1つ変えずに首筋を舐めあげる。
「こらこら、ここは劇場ですよ?そんなはしたない事言うなんて悪いコだ」
ピンと張り詰めた股間を親指でぐっと押し込む。口調は慇懃無礼なご主人様モードのままだ。男の方もご主人様と呼んではいるものの、媚薬のせいもありかなり朦朧としてきている。
「(ううぅ、ただフェロモン撒けばいいんなら、あぁっ、封印具、はぁっ、取ればいいんじゃねーのかよう……くうっ!)」
「(修行もロクに進んでない旦那に、フェロモンコントロールなんて出来るわけねえでしょうが。こうして俺が微調整しながら可愛がってやってるからまだ誰にも襲われてねぇんですよ?ほら、精々いい声で鳴いてくだせぇ)」
呪術師の手が乳首をぴんと弾くと、今までさんざん焦らされていたそこに電撃のような快感が走った。
「やぁあっ!」
男の嬌声が上がる度に周囲には沈黙の内に熱狂が広がる。
それは撒き散らされるフェロモンと相まってもはや1つの出し物だ。
観客は多いほど都合が良かった。
腕の中の男を視姦する視線達を辿り、呪術師が淫魔を探す。
数多の視線の中に、取り分け飢えているものが引っかかる。
たどれば二階席の青年の姿が目に入った。
獅子のマスクをかぶり、傍らのペットにも見向きもせずに食い入るように男の媚態を眺めている。
呪術師が瞳をこらせば、術の皮膜の向こうにうっすらと紫色に燃える魔物の目が確認できた。
(当たりだ)
バレぬようにアグラディアに向けて捜査員にしかわからないサインを送ると、最後の仕上げとばかりに男の首に噛みつき両乳首を捻り上げた。
「あぁあああっ!!」
いつも深く貫きながらされるそれに、男の最奥がキュウと引き絞られる。
下半身に触れること無く無残にイカされて、男の巨体が痙攣した。
同時に溢れるフェロモンが広がり、二階席の淫魔も我を忘れて舌なめずりをしている。
ぐったりする男を抱えたまま、呪術師は淫魔へ向かって唇に触れながらウインクを飛ばした。
これは会場内のサインで
「一緒に楽しみましょう」という合図だ。もちろんペットも同伴する。
淫魔は一瞬面食らった表情になるが、了承のサインを返した。
「(つかまえたな。よし、旦那、淫魔が競りに行く前に押さえにいきやすぜ)」
「は、はえ?」
快楽の余韻に呆然とする男を急き立て、呪術師はボックス席を後にした。
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