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第91話

 絶対にイヤだ――。  そう思ったとたん、カッと怒りで頭が白くなった。  身体の芯が、急にわき立つように熱くなる。    思い切り腕に力を込めて広げれば、ビリッと上着の破れる音がした。  不意に手がかるくなった感じがして、上半身が自由になる。  そのとき脳裏をよぎったのは、上城のスパーリング姿だった。ジムで見たときの、あの雄姿が自分の手先にのり移る。  無意識のうちに、目のまえのナイフを持った男に、恐怖も感じず拳をあげていた。  顔の下から、自分でも信じられない素早さで一撃を送りだす。 「――がっ」  悲鳴があがり、ナイフが床に落ちた。男らの注意が一瞬、上城から離れる。それを見て、上城が鬼のように形相を変えた。  獣のように唸ると、這いつくばっていた床から素早く跳ね飛んで、畠山に下顎から拳を繰りだす。  あっという間の出来事で、気づいたら畠山はふらつきながら床に倒れていた。 「っ……のおおっ」  なにを言っているのかわからない怒声が、残りの男らから発せられたと思った刹那、部屋の中は乱闘の音にまみれた。  陽向も自分を押さえ込んでいた男を闇雲に殴り返した。  脳内からドーパミンが噴出して、痛さも怖さも感じない。ただ、上城と一緒に、こいつらを倒して早く逃げなきゃという、それしか頭になかった。  ちらと横を見れば、起きあがった畠山に、上城が刃物のようなパンチを見舞っていた。手の動きは早くて捕らえられない。殴られた畠山は、弾かれて後ろに飛ばされた。  陽向もはいていたものをずりあげながら上城と共に応戦する。  暗くて狭い空間で、もつれあうようになりながら喧嘩をした。  さして時間もかからぬうちに、四人は叩きのめされ床に重なるようにして転がった。  上城が息を切らした陽向の腕を掴むと、自分の背後へと匿う。 「畠山さん」  上城の息もあがっていた。  床にうつ伏せて倒れている畠山に、睥睨しながら静かな声で言い放つ。 「いい加減、こういうことはやめたらどうですか」  畠山が、重たげに頭を引きあげた。噛みしめた口元には血が滲んでいる。 「堕ちるに任せて自分を甘やかしてたら、いつまでたっても這いあがることはできませんよ」 「……っ」  その言葉に、悔しそうに拳を握りしめた。

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