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第92話

「ナツキが、この街を出るときに、俺に言ってました」  上城が淡々と言う。 「どうしてこんなことになっちゃったんだろう、って」  畠山が「うう……」と唸りながら、がっくりとうなだれた。力尽きたように動かなくなる。  上城は部屋の中を見渡して、男らにも低い声で忠告した。 「あんたらも、今度、この界隈で見かけたらすぐに警察呼ぶからな」  乱れた服で立ち尽くす陽向に目をやってから、怒りを込めて念を押す。 「それから、この人に手をだしたら、警察が来るまえに顎を砕いてやるから。覚えとけよ」  足元で、男らが返事の代わりに呻吟した。 「出よう」  陽向を庇うようにして、部屋の外へと連れだす。廊下にいたマスターが青い顔で上城につめよってきた。 「警察は呼ばないで。お願いだから」  上城は頷いただけだった。 「今度、同じことがあったら、連絡しますよ」 「あ、ありがと。もう、二度としないわ」  陽向の手を取って、店の外へ行く。通りに出れば、そこには髭の日坂という店主が立っていた。以前、陽向が股間を蹴りあげられたときに、上城と一緒に助けてくれた人だ。 「日坂さん、しらせてくれて、ありがとうございました」 「いや。いいけど。間にあってよかった。ちょうど、ここの店にも会合への参加を頼みにきたんだよ。そしたら彼が奥に連れていかれるのが見えて」  日坂が無事でよかった、と安堵の息をつく。 「……ありがとうございました」  陽向はズボンのベルトを直し、破れた上着を整えながら礼を言った。 「災難だったね。怪我は?」 「大丈夫です」  自分がどれだけ殴られて、今どういう状態になっているのかよくわからなかったけれど、大丈夫とだけは答えられた。 「殴られたろ」  上城が腕をのばして陽向の頬に触れてくる。触られると、皮膚がぴりりと痛んだ。張り手をされた場所だった。  自分の服に目を向ければ、シャツはボロボロで、コットンパンツには靴跡がついていた。喧嘩の最中は無我夢中で気づかなかったが、身体も動かせばギシギシと軋む。けれど、さほど傷ついている感じはしない。 「全然大丈夫です。このくらい」 「大丈夫なもんか」  上城が顔をしかめる。 「とりあえず、俺の店に行こう。そこで手当てしてやるから」 「……はい」  助けてくれた日坂に礼を言って、ふたりでザイオンに戻った。

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