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第93話

 店にはクローズの札がかかっていたが、鍵はしめられていなかった。あけっ放しで飛んできてくれたらしい。店の中は電気がついていたけれど、アキラはもう帰ったようでいなかった。 「救急箱はここにはないから」  促されて、裏口へと回り外に出た。このまえと同じく外階段をあがって二階の住居に連れていかれる。  玄関ドアの鍵をあけて先に中に入ると、上城はすぐにキッチンへと向かった。大きめの保冷剤を持って戻ってくると、玄関先でスニーカーを脱いだ陽向に渡してくる。受け取って頬に当てると、冷んやりとして気持ちがよかった。 「ほかに怪我は?」  玄関の明かりの下、質してくる上城の顔は心配からか少し緊張しているように見えた。陽向をこんな目にあわせたことを、自分のせいだと責めているようにも思える。 「……ないと思います」 「じゃあ痛いところは?」  身体をかるく動かしてみたが、それほどの痛みは感じられなかった。 「骨とか、折れているような様子はないか」 「ないです。打撲はあるかもだけれど、そんなに痛まないから」  安心させるように微笑んで見せる。しかし上城は厳しい表情を返してきた。陽向の頭からつま先にまで目をやって、まだ心配そうな顔をする。 「大丈夫です。上城さんも、殴られたでしょう」  自分の手当てはあとまわしなのか、上城は腫れた口元もそのままにしていた。 「俺は殴られるのはなれてるからいいんだよ」  そんなはずはないと思うのだけど、大したことはないという顔をする。 「おまえが連れ込まれたあの店はゲイバーだったんだ。あそこのマスターは顔見知りだけど、息子が……どうしようもなくって。畠山の仲間のひとりなんだ」  そう言うと、ため息をついた。 「ずっと相談も受けてるから、警察は呼ばずにすませたけれど」  怒りを押し殺した声で続ける。 「二度と同じことはさせない」  アイスパックを頬に当てた陽向の手に、自分の指を重ねてきた。腫れ物に触るように、指先をほんの少しだけ撫でるように伝わせる。 「……間にあってよかった」  安堵の言葉は吐息とともにもれた。陽向の無事と、怪我の具合を確かめて、やっと安心できたというような声音だった。

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