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第94話
「日坂さんからしらせを聞いたときは、血の気が失せた。店に走っていく途中も、おまえになにかあったらどうしようかって、なにかされてたらって、……考えただけでおかしくなりそうだった」
「……上城さん」
上城の指先がぎこちなく震えている。さっきの怒りがまだ尾を引いていて、触れることにも神経過敏になっているようだった。
「俺のせいで、おまえまでこんなことに巻き込んで……本当に、すまない」
苦い口調で後悔を滲ませる。
「そんな、謝らないでください。上城さんのせいじゃないから」
陽向は大きく首を振った。自分のことで、上城に責任を感じさせたくなかった。
「俺にだって、油断があったから。……だからあんなことになったんです。店に連れ込まれたときだって隙があった。それに、力では敵わないってわかってるのに、怒らせるようなこと言っちゃったし……」
店の裏に連れ込まれたとき、畠山の怒りを煽ったのは自分の言葉だ。あのときは、殴られたって構わないという覚悟だったから平気だったけれど、そのことで上城にまで迷惑をかけるとは考えていないなかった。短絡的すぎた。
「怒らせるようなこと?」
畠山に言われたことが思いだされて、腹立ちがよみがる。
「……上城さんのこと、馬鹿にするようなこと、あいつら……言ったから」
事態を悪い方向に持って行ってしまったのは、自分のせいだ。
「俺が、自分で自分をちゃんと守れるようにしなかったのが悪いんです。自分の責任です」
「陽向」
「だから、上城さんは自分を責めないでください」
顔をあげ、瞳をあわせて頼み込んだ。
「お願いします」
上城の指は、まだ陽向のアイスパックを握った手に重ねられていた。
けれど、それ以上は触れようとしてこなかった。懐抱するのをためらうようにしている仕草から、上城が今ここで陽向を抱きよせてしまったら、また危い目に遭わせてしまうのではないかと恐れているように見えた。
もしかしたら、上城は陽向を守るために、別れを選ぼうとしてるんじゃないのかと、そんな考えが浮かんでしまう。
このまま帰れ、もう会わない方がいいと言われたらどうしようと恐くなる。そしてもっと悪いことに、軟弱なくせにこんな騒動を引きおこした向こう見ずな奴は、もうお荷物だと思われてしまったらどうしようかとさらに不安になる。
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