95 / 115
第95話
「上城さん」
陽向はもう一方の手で、上城の手の甲を包み込んだ。ぎゅっと力を入れて押しつける。
「……俺、上城さんのことが好きです」
一途に見あげながら伝えた。
「好きです。だから、こんなことで離れたくない」
心を読んだ言葉だったのかもしれない。
相手は考えていることを言い当てられたというように、わずかに眉根をよせた。
「俺、全然怖くなんかなかったし」
そうだ。畠山らに襲われて、最初は恐怖で身が竦んでしまったけれど、上城のまえで犯されそうになったとき、絶対に嫌だと身体が震えて――あのとき、自分は恐さもなにも感じなくなっていた。
店に連れ込まれたときは怯えていた。けれど、奮い立った瞬間からは、まるで人が違ったみたいになにもかもが攻撃体勢になっていた。
あんな自分になったのは初めてのことだった。
陽向のひたむきな告白を聞きながら、上城の表情は、段々と緊張がとけて、安心した様子に変わっていった。
陽向が決して強がりで言っているのではないことは、ちゃんと伝わっているようだった。
やがて端正な顔に微苦笑を浮かべると、納得したように頷いた。
「そうだな。確かに、あのパンチは肝が据わってた」
「……え」
「ナイフも怖がらずに、素人とは思えないパンチを見舞ったからな」
「……」
「驚いたよ。あのときは」
上城が、陽向の頬を両手で包み込むようにしてくる。
大切なものを優しくくるむようにされて、それでやっと、上城の中から別離の選択が消えていったのがわかった。
「やっぱ可愛いよ、おまえは」
自然な笑みを戻した相手に、陽向もほっとする。
上城が顔をよせて、唇に触れようとしてきた。しかし直前で、お互い口元が腫れていることに気がつく。傷を避けるようにして、そっと唇の端だけ重ねた。
「陽向」
囁きながら、撫でるだけのキスをしてくる。昂った気持ちも、それで次第に落ち着いていった。
何度か擦られて、心地よさに目をとじる。
けれどそうしていれば、段々と別の感情も芽吹いてきてしまう。食むだけの口づけを幾度も交わしていたら、手元がもどかしくなってきて、陽向はアイスパックを頬から離すと両腕を上城の背に回した。
上着をぎゅっと握りしめると、相手も傷を手加減する抑えが効かなくなってきたのかキスが深くなる。
ともだちにシェアしよう!