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第115話 最終話

「持ってて欲しいから」  口端を上げて、片頬に笑みを刻む。  目を細めるようにして笑う表情は、お客には決して見せない、陽向にだけ向けるものだった。 「……はい」  胸の奥からじわりと温かな感情が湧いてくる。  上城にとって意味のある、大事な鍵を託してくれたことが嬉しかった。この店ができたときから使っている、時代を刻んだ鍵を持っていて欲しいと言ってくれたことが、すごく嬉しかった。  陽向はキーホルダーを取りだして、古いキーをそこに付け足した。他の鍵よりもくすんだ鈍色のそれは、何十年という時間をここですごしてきたものだ。  彼がこの古い鍵を自分に渡したのは、もしかして上城自身だけでなく、この店も、この通りも、陽向に大切に思ってほしいと考えたからなんじゃないだろうか。  そう思えば、この人のことを大切にしていきたいと感じる気持ちが心を満たしてくる。  上城は三人組のテーブルに行き、客を相手に他愛のない話を始めた。  カウンターの中では、それを見守るアキラの姿がある。  壁にかかったビンテージポスターには優しげな明かりが映え、BGМには昔聴いた覚えのあるフュージョンが流れている。  穏やかで、静かな時間がザイオンの中に漂っていた。  陽向はそのゆるやかなひとときに身を任せながら、バーテンダー姿の恋人が自分のところにまた戻ってきてくれるのを、幸せな気持ちで待つことにした。                                 ――終わり――

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