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第114話
やった、とガッツポーズを作っているところに、扉がひらいて上城が姿を現した。
カウンターに座っている陽向を見つけて、ふっと目元を和らげる。
「や」
すぐにそばにきて、声をかけてくれた。その後ろから、女性客が「こんばんわ、上城さん」「またきちゃいました」と華やいだ挨拶をしてくる。
上城はそちらにはいつもの営業用スマイルを返して、カウンターの奥へと入った。
女性客は上城にカクテルを作ってもらうのを待っていたらしく、アキラが注文票を見せると、手を洗い、すぐにグラスとシェーカーをだして準備を始めた。
手際よく作業を進める姿と、流麗に動く節だった手をカウンターのこちら側から、陽向はうっとりした目で眺めた。
「蕩けてるぞ」
上城が困ったように注意してくる。
ハッと我に返った陽向は、隣で笑っているアキラに目を向けて、恥ずかしさに俯いた。最近は気がゆるむと、すぐに上城のまえでこんな顔をしてしまう。
残りのビールを傾けていると上城が、「あ、そうだ」と言ってなにか思いだしたようにポケットから小さなものを取りだした。
それをカウンターの陽向のまえにおく。
「渡しとくよ。先に上の部屋いって休んでていいから」
目のまえに差しだされたものは、部屋の鍵のようだった。
「……え」
キーホルダーもついていない。ということは合鍵なのだろうか。しかし、どこかちょっと普通と違う。陽向は手に取ってしげしげと眺めまわした。
「……これ」
その鍵は古く、デザインも一世代ほどまえのものに見えた。手に持ってひねる頭の部分には使い込んだ跡がついている。上城がいつも部屋をあけるときに使っているものの方が新しい気がしなくもない。
問いかけるように見あげた陽向に、上城は「ああ」と頷いた。
「それ、ここの建物ができたときに作ったオリジナルの鍵。俺がいつも使ってるのはコピーだから」
「え?」
「親父が以前、使ってたものなんだ。しまっておいてもしょうがないし、それ使ってくれ」
陽向はもう一度、鍵に目をやった。
それは大切なものなんじゃないのか。どうしてこちらを自分に渡してくるのか。
「け、けど、そんな大事なもの、俺が……」
「いいんだよ」
カクテルを三つ用意しながら、上城が構わないというようにそっけなく言う。
盆にグラスを載せると、カウンターから出てきて陽向の横に立った。
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