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恋路逡巡

溜まっていた仕事がようやく片付き一息吐く。仕事前に淹れた茶がすっかり冷めているところを見ると、どうやら茶を飲むのも忘れる程、仕事に没頭していたらしい。淹れなおして来るかと、立ち上がりかけたその時。 「土方さーん、原田さん達が色町に繰り出すみたいですよー」 気配もなく障子が開けられたかと思うと、そこには何故か満面の笑みを浮かべた総司の姿。しかもこの満面の笑顔は、十中八九何かを企んでいる顔だ。しかも、あまりよくない事きた。 「…気配消すこたぁねぇだろ、総司…。それに、たまに色町に繰り出すくらい放っておけ。あいつらにだって、休みは必要だろう」 「その言葉、そのままそっくりお返ししますよ、土方さん」 「…は?」 「…土方さん、仕事は片付きましたよね?だったら土方さんも、たまには息抜きが必要なんじゃないですか?」 こういう時の総司はやたら勘が鋭くて頑固だ。俺が仕事が終わり、一息吐いたのを見計らって人の部屋に来やがる。しかも、ご丁寧に茶と茶請けまで用意してだ。 「…俺に色町へ行けというのか?……出来るかよ。俺には副長という立場がある。それに俺が下戸だってのは、お前も知ってるだろ」 「知ってますよ。けど…たまには気の知れた仲間同士、どんちゃん騒ぎも悪くは無いでしょう?」 そう言われるとどうにも断り辛い。 ここのところ、働き詰めだったことは確かなのだ。仕方ないと溜息を吐いて、出掛ける支度を始める。 「ちゃんと僕もお供しますから安心してください、土方さん」 昔から総司は何故か俺に引っ付いてきて、今では一番組組長を務めながら俺の側近までも買って出ている。総司の方がよっぽど激務じゃないかと思うが、本人は俺に『休め』とばかり言う。今日で総司も息抜きが出来ればいいのだが…。 そんな事を思案しつつ、用意を済ませ久しく色町に出向いた。程なくして、酒や食事と共に芸子が数人やってきて、それぞれに酌をし始める。 「土方はんは色おとこさかい、よおおなごに好かれへんではおまへんどすか?」 土方の元へも、芸子が酌をしに来る。下戸だと言っても、なにかと理由を付けては酒を飲ませようとする。 島原や江戸の吉原など、遊郭や飲屋の類は嫌いではないが、酒が飲めない分少し苦手だ。ましてや副長である俺が、こんな芸子の前で酔い潰れるなどの醜態はあってはならないのだ。 ふと総司の姿が見当たらなく部屋を見回すと芸子達から逃げるように、部屋の隅で一人ちびちびと酒を飲んでいた。隣に腰掛け、声をかける。 「…お前は、芸子達に酌してもらわなくていいのか?」 「僕は遊女なんかに興味はありませんから。そういう土方さんは、いいでんすか?下戸で酒は飲めなくたって、彼女達と話すほうが楽しめるんじゃないですか?」 杯を傾けながら困ったような笑みを浮かべる総司。 「…毎日勝手に人の側近買って出てお疲れの部下を、労わるのも副長の仕事だからな」 そう言って空になった杯に新たな酒が注がれる。 どうして…、この人は自分の欲しい言葉ばかりくれるのだろう。今まで抑えていた想いが、酒の所為で溢れそうになる。 「…っ…ずるいなぁ…土方さん…」 「…ん?何か言ったか?」 「いいえ。何も……。それより土方さん、少しで良いんでお酒飲みませんか?もし潰れたら、ちゃんと僕が介抱してあげますから」 「……少しだけだぞ」 数秒思案した後、土方は沖田の杯を奪うとそのまま一気に飲み下した。流石にこれには沖田も驚き、そのまま潰れてしまうのではないかと思ったが意外にもまだ意識はあるようだが、大分潤んだ瞳で沖田を見つめていた。 「…ひ、ひじかたさん…大丈夫ですか…?」 「…あぁ…なんとかなぁー…ただ…なんだかすっげぇ気分がいいぞ……」 〝鬼副長〟などと言われているあの土方が、一杯で酔っ払い不抜けた笑顔で自分を見つめている。沖田の中で何かが切れる音がした。 ◆◇◆ 気付けばその身体を引き寄せその唇を塞いでいた。 「…んんっ…ふぁ…っ…」 どちらのものとも分からぬ液が零れる。暫くしてそっと唇を離し、今しがた土方にした己の行動を思い出し血の気が引いていく。気持ち悪がられただろうか。まともに彼の顔が見れず俯いたままでいると、今度は逆に引寄せられ口付けられる。驚いて顔を上げると顔を真っ赤にし、視線を彷徨わせる土方。 「……今のも、身体が熱ってるのも…全部酒の所為だ……。俺が酔っ払ったら介抱するのがお前の役目なら、俺のこの熱を静めるのもお前の役目だな?」 「…ひじかた…さん…ご自分で何言ってるか、分かってますか……?」 信じられない、と思いつつ土方の想いと気遣いに、涙が出そうだった。 幸い二人の事は他の者には見られていない。そっと襖を開けて、二人で隣の部屋へ移る。 「…勝手に使っちゃっていいんですかね…?」 「問題ない…。最初から、この部屋も取ってあるからな」 「…え?」 まるでこうなるのを予測していたかのような言葉。土方が再び酒を仰ぎ飲む。 「…言うのが遅くなったな…総司…。お前の想いに、気付いていなかったわけではないんだ。ただ……その…だな……俺は誰かに想われる事はあっても、俺が誰かに恋い慕うなどなかった…から、だな。…とにかく、だ…これからも俺の側にいてくれ……」 あまりの嬉しさに声も出ない。かわりに思いっきり土方を抱締めそのまま倒れこむ。互いの熱が心地良い。 襖一枚隔てて彼らは甘い罪へと堕ちてゆく……二度とその手を離すまいと――。

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