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第1話

「亡国の王よ」  吹きすさぶ風の音に混じって死神の声がした。 「我が腕に抱かれる覚悟はできたか?」  遠くから聞こえていたはずのその声が、不意に耳元での(ささや)きに変わる。  ハッと我に返って目を開けると、山小屋の壁の隙間(すきま)から朝の白い光が差していた。  きしむ体を動かして起き上がり、消えかけていた焚き火に枯れ枝をくべる。ゾクゾクするような寒気が身を震わせていた。 「陛下……?」  焚き火の向こう側に横たわっていた人物が慌てて飛び起きた。 「申し訳ございません! うっかり眠ってしまって……」 「よい。気にするな」  大柄で屈強な体を縮めて謝る軍装の男に、王は微笑みかける。 「このような(ざま)になり果てたのは(おれ)の責任によるものだ。もはや王でもなんでもない」 「とんでもない! 国を護りきれなかったのは我々の責任であります。私は軍人として、本来なら陛下に命をもって(つぐな)わねばならぬ身」 「ブラント隊長」  低く響く声が横から飛んできた。 「おぬしが命を捧げたところで陛下には何の足しにもならぬ。余計なことを申して気を(わずら)わすな」  声の主がゆっくり身を起こすと、金糸のような長い髪がさらりと流れ、差し込んでくる朝の光を反射して(きら)めいた。重々しい低音に反して柔和で優美な(かんばせ)が、今は青ざめて厳しい表情を浮かべている。 「はっ! 申し訳ございません」  たしなめられた親衛隊長ブラントは平伏し、再び詫びの言葉を口にした。 「相変わらず手厳しいな、ネルよ」  王は力なく笑って、焚き火に手をかざす。 「大魔導士の機嫌を損ねて(いくさ)をまねき、兵を無駄に死地へ追いやり、重臣に裏切られて国を追われ、今や薪や食糧の確保もままならぬ。こんな逃避行に付き従わせて申し訳ないのは朕のほうだ」  黒髪に青い瞳の若き王は、自嘲するように投げやりな言葉を吐く。 「まだ遅くない。(おれ)の身柄を引き渡せば、そなたらは助かるやもしれぬ」 「陛下、そんなことおっしゃらないで下さい」  王の冷えきった肩に、小さく華奢な手が置かれた。衣服越しにも熱さを感じる。 「ジュリアン」  ふり向いた王は気遣わしげに問うた。 「熱があるのではないか?」  小姓の一人であるジュリアンは15歳で、半年ほど前から王の寵愛を受けている。柔らかにウェーブがかった金髪とエメラルドのような瞳が美しい。  王は、華奢な少年の体を抱き寄せて額に手のひらを当てた。 「熱いな」 「大丈夫です」  ジュリアンは王を見上げ、にこっと笑ってみせた。  だが常より赤く色づいた頬と荒い息が、ちっとも大丈夫ではないことを物語っている。 「ネル」  金髪の臣下は、王の呼びかけに黙ってうなずき、蒸留酒の瓶を手にジュリアンの傍へ近付いた。 「飲めるか?」 「公爵様、すいません」  少年は瓶を受け取り、栓を抜いて口を付けたが、むせてしまって上手く飲めなかった。 「貸せ」  王が奪い取った瓶から酒を口に含み、ジュリアンの顎を引く。小さく紅い実のような唇をひらくと、白い真珠のような歯がのぞいた。  口移しでゆっくりと強い酒を流し込まれたジュリアンは、目を潤ませて王の青い目をみつめる。 「ありがとうございます、陛下」 「少しは温まるであろう」  そんな二人にネルが毛皮のマントをふわりと掛けた。 「こうしていれば陛下も温まるでしょう。もう少しお休み下さい。私はブラント隊長と偵察に出て参ります」 「公爵殿、偵察なら私だけで……」 「この目で確認したいのだ」  ネルは外套(がいとう)をまとい、さっと立ち上がって入口の戸に手をかけた。 「変に気を回すでない」  王が可笑しそうに声をかけると、ようやく察したブラントは顔を赤らめ、慌ててネルの後を追った。 「弱っている者を襲うほど飢えてはおらぬわ」  二人が出て行った後、あきれたようにつぶやく王の胸にジュリアンがそっと顔を寄せた。 「陛下、僕の熱で温まって下さい」 「無茶をするな」  王はたしなめたが、胸の小さな突起に衣服越しに熱い吐息をかけられ、腹の下がどくんと脈打った。 「どうぞ可愛がって下さい……いつものように」  ジュリアンの濡れた上目使いに、王の理性が崩れ落ちる。  衣服を()ぎ取り、毛皮のマントの内で裸身を重ねると、たちまち汗ばむほどの熱が二人を包み込んだ。  肌を擦り合って口づけを交わすうち、大きく硬くなった二人の屹立(きつりつ)を王の大きな手のひらが握る。そのまま上下にゆるゆると動かされ、ジュリアンは甘い声を漏らした。二本の根の尖端から滴る蜜を、王は指先で器用にのばしながら全体に擦り付けていく。湿った音が漏れ聞こえ、上下する手の動きが力強いものに変わる。 「ああっ、ダメです。陛下、中に……中に下さい」  懇願するようなジュリアンの声を、王は無視した。荒い息を吐きながら()く手の速度を増していく。 「出ちゃう! あ……あっ」  びくびく身を震わせ、ジュリアンは達してしまった。王の手のひらが白い精をしっかり受け止めている。 「陛下……ごめんなさい」 「何を謝るのだ」  ジュリアンは身を起こして王の手をストールで拭い始めた。 「こんなに汚してしまいました」 「汚いなどと思わぬ」  王は優しく声をかけたが、ジュリアンのしたいようにさせてやった。 「体を冷やすでない」  少年の白く細い肩を抱き寄せると、もう一度口づけた。 「まだ陛下を満足させておりません」  そう言って王の股間に手を()わせたジュリアンを、王は制した。 「よい。気にせずもう休め」  衣服を身に着け始めた王を見て、ジュリアンも諦めたように自分の服を手に取った。  こんな情事は今日に限ったことではない。寵愛されるようになってから、一方的に(もてあそ)ばれるだけで王が達しないまま終わることは何度もあった。王の(たくま)しい肉体を見れば、元から淡泊な質という理由は考えにくい。 「陛下」  ジュリアンは横になった王の隣に寝そべり、毛皮を引き寄せて王と自分を(おお)った。 「僕が金髪でなかったとしても愛して下さいましたか?」  声がかすれていた。 「おかしなことを言うものだ」  王は笑ってジュリアンの頭を撫でたが、答えは返さなかった。 「やっぱり陛下は……」  ジュリアンは小さく呟き、固く目を閉じた。そうしないと涙が(あふ)れそうだった。

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