1 / 4
第1話
「亡国の王よ」
吹きすさぶ風の音に混じって死神の声がした。
「我が腕に抱かれる覚悟はできたか?」
遠くから聞こえていたはずのその声が、不意に耳元での囁 きに変わる。
ハッと我に返って目を開けると、山小屋の壁の隙間 から朝の白い光が差していた。
きしむ体を動かして起き上がり、消えかけていた焚き火に枯れ枝をくべる。ゾクゾクするような寒気が身を震わせていた。
「陛下……?」
焚き火の向こう側に横たわっていた人物が慌てて飛び起きた。
「申し訳ございません! うっかり眠ってしまって……」
「よい。気にするな」
大柄で屈強な体を縮めて謝る軍装の男に、王は微笑みかける。
「このような様 になり果てたのは朕 の責任によるものだ。もはや王でもなんでもない」
「とんでもない! 国を護りきれなかったのは我々の責任であります。私は軍人として、本来なら陛下に命をもって償 わねばならぬ身」
「ブラント隊長」
低く響く声が横から飛んできた。
「おぬしが命を捧げたところで陛下には何の足しにもならぬ。余計なことを申して気を煩 わすな」
声の主がゆっくり身を起こすと、金糸のような長い髪がさらりと流れ、差し込んでくる朝の光を反射して煌 めいた。重々しい低音に反して柔和で優美な容 が、今は青ざめて厳しい表情を浮かべている。
「はっ! 申し訳ございません」
たしなめられた親衛隊長ブラントは平伏し、再び詫びの言葉を口にした。
「相変わらず手厳しいな、ネルよ」
王は力なく笑って、焚き火に手をかざす。
「大魔導士の機嫌を損ねて戦 をまねき、兵を無駄に死地へ追いやり、重臣に裏切られて国を追われ、今や薪や食糧の確保もままならぬ。こんな逃避行に付き従わせて申し訳ないのは朕のほうだ」
黒髪に青い瞳の若き王は、自嘲するように投げやりな言葉を吐く。
「まだ遅くない。朕 の身柄を引き渡せば、そなたらは助かるやもしれぬ」
「陛下、そんなことおっしゃらないで下さい」
王の冷えきった肩に、小さく華奢な手が置かれた。衣服越しにも熱さを感じる。
「ジュリアン」
ふり向いた王は気遣わしげに問うた。
「熱があるのではないか?」
小姓の一人であるジュリアンは15歳で、半年ほど前から王の寵愛を受けている。柔らかにウェーブがかった金髪とエメラルドのような瞳が美しい。
王は、華奢な少年の体を抱き寄せて額に手のひらを当てた。
「熱いな」
「大丈夫です」
ジュリアンは王を見上げ、にこっと笑ってみせた。
だが常より赤く色づいた頬と荒い息が、ちっとも大丈夫ではないことを物語っている。
「ネル」
金髪の臣下は、王の呼びかけに黙ってうなずき、蒸留酒の瓶を手にジュリアンの傍へ近付いた。
「飲めるか?」
「公爵様、すいません」
少年は瓶を受け取り、栓を抜いて口を付けたが、むせてしまって上手く飲めなかった。
「貸せ」
王が奪い取った瓶から酒を口に含み、ジュリアンの顎を引く。小さく紅い実のような唇をひらくと、白い真珠のような歯がのぞいた。
口移しでゆっくりと強い酒を流し込まれたジュリアンは、目を潤ませて王の青い目をみつめる。
「ありがとうございます、陛下」
「少しは温まるであろう」
そんな二人にネルが毛皮のマントをふわりと掛けた。
「こうしていれば陛下も温まるでしょう。もう少しお休み下さい。私はブラント隊長と偵察に出て参ります」
「公爵殿、偵察なら私だけで……」
「この目で確認したいのだ」
ネルは外套 をまとい、さっと立ち上がって入口の戸に手をかけた。
「変に気を回すでない」
王が可笑しそうに声をかけると、ようやく察したブラントは顔を赤らめ、慌ててネルの後を追った。
「弱っている者を襲うほど飢えてはおらぬわ」
二人が出て行った後、あきれたようにつぶやく王の胸にジュリアンがそっと顔を寄せた。
「陛下、僕の熱で温まって下さい」
「無茶をするな」
王はたしなめたが、胸の小さな突起に衣服越しに熱い吐息をかけられ、腹の下がどくんと脈打った。
「どうぞ可愛がって下さい……いつものように」
ジュリアンの濡れた上目使いに、王の理性が崩れ落ちる。
衣服を剥 ぎ取り、毛皮のマントの内で裸身を重ねると、たちまち汗ばむほどの熱が二人を包み込んだ。
肌を擦り合って口づけを交わすうち、大きく硬くなった二人の屹立 を王の大きな手のひらが握る。そのまま上下にゆるゆると動かされ、ジュリアンは甘い声を漏らした。二本の根の尖端から滴る蜜を、王は指先で器用にのばしながら全体に擦り付けていく。湿った音が漏れ聞こえ、上下する手の動きが力強いものに変わる。
「ああっ、ダメです。陛下、中に……中に下さい」
懇願するようなジュリアンの声を、王は無視した。荒い息を吐きながら扱 く手の速度を増していく。
「出ちゃう! あ……あっ」
びくびく身を震わせ、ジュリアンは達してしまった。王の手のひらが白い精をしっかり受け止めている。
「陛下……ごめんなさい」
「何を謝るのだ」
ジュリアンは身を起こして王の手をストールで拭い始めた。
「こんなに汚してしまいました」
「汚いなどと思わぬ」
王は優しく声をかけたが、ジュリアンのしたいようにさせてやった。
「体を冷やすでない」
少年の白く細い肩を抱き寄せると、もう一度口づけた。
「まだ陛下を満足させておりません」
そう言って王の股間に手を這 わせたジュリアンを、王は制した。
「よい。気にせずもう休め」
衣服を身に着け始めた王を見て、ジュリアンも諦めたように自分の服を手に取った。
こんな情事は今日に限ったことではない。寵愛されるようになってから、一方的に弄 ばれるだけで王が達しないまま終わることは何度もあった。王の逞 しい肉体を見れば、元から淡泊な質という理由は考えにくい。
「陛下」
ジュリアンは横になった王の隣に寝そべり、毛皮を引き寄せて王と自分を覆 った。
「僕が金髪でなかったとしても愛して下さいましたか?」
声がかすれていた。
「おかしなことを言うものだ」
王は笑ってジュリアンの頭を撫でたが、答えは返さなかった。
「やっぱり陛下は……」
ジュリアンは小さく呟き、固く目を閉じた。そうしないと涙が溢 れそうだった。
ともだちにシェアしよう!