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1. 始まりと終わり(桃李SIDE)
「はな」
向けられる柔らかな笑み。
優しくて甘い声。
自分より遥かに高い背丈を見上げると、日光に照らされた茶色がキラキラ輝いて眩い金色に見えた。
髪を撫でてくれる綺麗な長い指も
「可愛い」
微笑みも声も抱き寄せてくれる腕も、全て僕だけの特権。
僕はむつだけの物で、むつも僕だけの物。
二人だけしか居ない世界。
誰も邪魔しない世界。
そんな世界なんて何処にもある筈無いのに、僕はソレを欲していた。
周囲から見たら僕達は仲の良い親友。
だが、僕達の仲は友情ではなく恋愛感情だった。
初めてのキスは不意討ち。
いつものように見上げながら何気ない話をしていたら、突然柔らかな感触が唇に触れた。
「好き」と言われて幸せを感じた。
僕もむつが大好きだったし、むつ以外要らなかったから。
小6の夏休み。
むつの部屋で家族にバレない様声を潜めながら抱かれた。
初めは互いに緊張し過ぎて快感よりも羞恥心の方が強かったが、何回目だったかな?
「ゃ、ぁ、ぁあっ、ん」
突然信じられない位甘ったるい声が僕から零れた。
ソレが嬉しかったのか、その日からむつは僕を抱く回数を増やし、前よりも僕を甘やかしてくれる様になった。
可愛い女の子が好きなむつの為、可愛らしい声・態度・仕草を研究して行動に取り入れた。
だけどむつは、そんな事をしなくても充分過ぎる位僕を可愛いと言ってくれた。
人前では仲の良い親友を演じながら、二人の時は恋人になる。
小学校も中学も共学で、何処にも同性の恋人は居なかった。
周囲の人達は当たり前の様に異性を好きになる。
その中で僕達は異端だった。
だから誰にも言えなかったんだ。僕達が付き合っている事を。
誰にも告げられない、秘めなければならない恋だったけれど、その時の僕達はそれすらも二人だけの秘密で嬉しかった。
ずっと続くと信じていた日常。
変化等求めていなかったのに。
なんで?
中1の秋、むつが記憶喪失になった。
歩道橋で階段を踏み外した子供を庇って自分が落ちたらしい。
慌てて支えたけれど、バランスを崩して自分だけが階段から落下した。
階段の下はアスファルト。
打ち所が悪かったらしく、むつは記憶を失った。
事故後、何も知らなかった僕。
「むつ!!」
面会謝絶が終わり、一般の見舞いが許可された初日。
一番に病室に入った。
「むつ?」
最初に感じたのは違和感。
「誰?」
「ぇ?」
此処に居るのは誰?
むつなのに、むつじゃない。
雰囲気が、表情が、全く違う。
「えっと?」
むつは困惑した表情を浮かべていた。
明らかに以前とは違った雰囲気を醸し出すむつ。
こんなむつは知らない。
一体何があったんだろう?
不安に駆られながら振り向くと
「桃李ちゃん」
むつのお母さんが悲しそうに立っていた。
廊下に出ると、むつのお母さんは事故の事を僕に教えた。
むつは階段から落下した時頭を激しく打ち、両親の事も自分の事も全て忘れた。
勿論、僕の事も。
嗚呼、なんて事だろう。
楽しかった幸せだった日々が、一瞬で変わってしまった。
むつが僕を忘れた。
僕を知らないむつ。
なら、もう一度知って貰えば良い。
でも、その時の僕はむつを失ってしまったショックが大き過ぎて
「……………っ、ひっく。む・つ、むつぅ...」
考える余裕がなかった。
唯々、悲劇のヒロインにでもなったみたいに一人誰も居ない部屋で泣きじゃくった。
むつに逢うのが怖かった。
逢って、好きだとバレるのが怖かった。
記憶を失う前のむつは僕を好きになってくれた。
愛してくれた。
だけど、今のむつはどうだろう?
もう一度好きになってくれるのか。
同性での恋愛を受け入れてくれるのか。
聞けば簡単だけど、聞いて嫌な顔をされたら。
そのせいで嫌われたら。
ネガティブな事ばかり脳内に浮かんでは消え、結局僕は何も聞けなかった。
どうにか策を練って対処法を考えたり、想い出の場所に連れて行ってみたり、記憶を失う前の話をしてみたり、とか。
沢山解決への糸口はあったのに、一度ネガティブになった僕は全く使い物にならなかった。
病院には行くが、病室に入る勇気が持てない情けない日々。
むつのお母さんに容態だけ聞いて、お見舞いを渡しての帰宅が続いた。
記憶は戻らないまま時間だけが過ぎていき、僕はむつの前から姿を消した。
因みに悲劇のヒロインごっこ続行中で元恋人の前から姿を消した、とかではない。
父が転勤する事になったからだ。
むつの好きな物を色々購入し、ラッピングしてむつのお母さんに渡した。
結局記憶を失ったむつに直接逢ったのは一度だけ。
逢えば良かったのに、チラリ遠くから顔を覗き見ただけで僕はむつと決別した。
むつと離れて、僕は変わった。
可愛らしい容姿も服装も行動も声も仕草も、全てむつの為。
むつが居ないなら、そんな自分は要らない。
僕は自分の中から可愛らしさを棄てる事にした。
まず最初に、一人称を僕から俺にして服装を変えた。
シンプルなのやカジュアルなのや大人っぽいのや格好良い服。
色々本やTVで研究し、取り入れた。
髪も毎朝ドライヤーとコテを使ってふわふわの可愛らしいミディアムを維持していたが、スッキリしたショートに変えた。
むつ好みの可愛らしい服を全て捨て、一般的な服装になったとはいえ、まだ何も変わっていない。
今は女の子のショートみたいに整えているけれど、いつかは格好良い髪型も似合う様になるだろう。
焦る必要はない。
今までのキャラは全て棄て、もう一度やり直そう。
そう決意して、俺は色々な事に挑戦する事にした。
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