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はじまり

 『こら!待って!先に行ったらダメよ!』  「わかってるー!!!」  待ちに待ったハロウィーンの夜。1週間前から楽しみにしてた僕は仮装をすると一目散に家から飛び出した。ママに教えてもらって編んだかごをしっかりと握って、いっぱいのお菓子を貰おうってわくわくしてた。    「こんばんわ!トリックオアトリート!」  『あらまぁ、可愛いわねぇ!』 って褒めて和菓子をくれる近所のお祖母ちゃんや、 『これ手作りなの。いっぱい食べてね!』 って真ん中に赤いジャムがのってるクッキーの詰め合わせをかごに入れてくれるケーキ屋のお姉さんとか、 『食べ過ぎちゃダメだぞ!』 って言いながらアメをくれる友達の大工さん達にお礼を言って、ママと手を繋ぎながらお祖父ちゃんの家に向かった。  仮装は厚手の生地で作ってもらったけど、かごを握っていた手は冷たくなっていた。ママは何度もかごを持ち直す僕を見て、『ふふ、籠、持ってあげるわよ』と微笑んでかごをひょいと持ち上げた。なんだか悔しくて  『…ありがとうママ』  ふてくされ気味に言うと、ママはまたふふ、と微笑んで僕の片方の手を握った。暖かかった。  僕の家から少し遠いところに建てられた、僕のお祖父ちゃんの家はとってもとっても大きかった。まるでお城みたい。学校の女の子が見たら、きっときゃーって喜びそうな感じのお城。  …ちがう、家。    キィーーー……  古く錆びた門を開けて入る。いつも門に入るときはなんだか怖くなって、ママの手を強く握ってしまう。  『怜央、大丈夫よ』    よしよしと頭を撫でられて玄関まで歩く。ママが玄関の大きいドアに取り付けられた、十字架を象ったドアノッカーを3回、コンコンコンと叩いた。  しばらく下を向いて待っていると、ガチャ、とドアの開く音がした。顔を上げると、いつもの鋭い目はどこへやら、眠そうな顔をした僕のおじいちゃんが立っていた。まだ20時なのに…お仕事が大変だったのかな?  『こんばんはお祖父ちゃん!トリックオアトリート!』  『ああ、今夜はハロウィーンだったな。怜央、今年はオオカミなのか。よく似合ってるぞ。』 と、僕の仮装を見て顔を綻ばせると、僕達を家に上げた。  広いエントランスの先に待っていたのはこれまた広いリビングルーム。アンティークな家具だらけで楽しい。  リビングのソファーで寛いでいると、段々と眠くなってきた。温かいミルクを出されたから、眠りが誘発されたらしい。ママとおじいちゃんの楽しそうな会話を聞きながら、柔らかいソファーに身を委ねた。  ザーーーーー  「…ん……」  どうやら寝てしまったみたい。  むくりとおきあがると、僕の体に掛かっていた分厚くて柔らかい毛布がはらりと落ちた。  着ているのも仮装じゃなくて、暖かいパジャマだった。…ママが着替えさせてくれたのかな  「…ママ?お祖父ちゃん?」  僕が寝ていたのはリビングの暖炉の近くにあるソファーだ。電気は点いているけれど、ママとお祖父ちゃんの姿はなかった。僕だけだって分かった時、僕は急に怖くなった。  …ママを探しに行かなきゃ…  毛布を頭から被って、ソファーから降りた。冷たい床が嫌だから、玄関にあるスリッパを借りた。よし、これで怖くない。だいじょうぶ。  …たぶん。  ザーーーーー  ゴロゴロゴロ…  「えっ……か、カミナリ…」  いきなり鳴りはじめたカミナリにビクッとする。雨だけだったのに…  廊下に繋がるドアを恐る恐る開けて、チラリと覗いた。真っ暗でよく見えない。  「だいじょうぶ…」  何もいない。ぺた、ぺた、と音を立てないようにして歩いていると、後ろからガタン、と何かが落ちる音がした。  「ひっ!!」  しばらく動けなくて、ガタガタして後ろを振り返った。  「わあぁっ!!!!」  そこには赤い目をした男の人が立っていた。  僕はびっくりしすぎて腰を抜かした。    「お、おばけ…っ!!」  「…?…俺のことか?」  低くて怖い声を出すその人は、ツカツカと靴を鳴らして僕の目の前で屈んだ。赤く光る目に近くで見られると、余計に動けなくなる。  「…俺はお化けではない。お前、名前は?」  「れ、怜央・マリア・ウィリアムズです…」  男の人の顔が険しくなって僕の肩を強く掴む。  「マリア・ウィリアムズの子孫だと…」  「…お祖母ちゃんの事、知ってるんですか?」  「知ってるも何も…いや、いい」  そんな事言われたらもっと知りたくなっちゃう…。この人、若いしお祖母ちゃんとどんな繋がりで知り合ったんだろう。  「確かにあの人と目の色が同じだな」  顔をグッと持ち上げられて、また近くなった顔に血の気が引く。  「見ないでください…!!」  確かに僕の目は、お祖母ちゃんにそっくりな目の色だってママやパパに言われるけど…そんなに珍しい色じゃない、はず。だけど、みんな僕の目の色が可笑しいとか、変だって言うから、目の色の話をされると泣きそうになる。  その人はハァ?というように首を傾げた。  「何故だ?」  「僕の目、可笑しいって言われるんです…!  お願いだから見ないで…!!」  「ハァ?」  赤く光る目が驚いたように見開かれる。それからフッ、と笑うと、こう言った。  「あの人もそんなことを言っていた。お前の目は可笑しくなんてない。マリア・ウィリアムズ…お前のお祖母ちゃんだったか?その人は俺を育ててくれたんだよ。」  「僕のお祖母ちゃんが?」  「そうだ。ほら、立て」  ひょい、と脇を掴んで持ち上げられる。僕、もう3年生だから重いと思うんだけど…パパも重くなったな、って言ってたし…  それでもまだ腰が立たなかったから、仕方ないな、と抱っこをしてくれる。そしてツカツカとまたリビングに向かって歩き始めた。その人が着ているシャツは冷たかったけど、頭を撫でてくれる大きくてゴツゴツした手は暖かかった。そういえば、名前を聞いてなかった。  「…お名前、なんて言うんですか?」  「ノア・エドワード・マリア・クラーク。好きなように呼べ」  「え、えっと…じゃあ、クラーク、さんはなんでここにいるんですか…?」  「…ノアでいい。」  「あ、はい。の、ノアさん」  「ここは俺の屋敷だ。お前が祖父だと言っている人は俺の執事だ。ああ、執事と言っても表面上だけで、まぁ、友人みたいなもんだな。お前の事は度々見かけていたが、どうも小さい子どもは苦手でな。お前が来ると聞くといつも出かけていた。お前がこんなにあの人に似ているとは思わなかったが…もっと早く会うべきだったな」  「は、はぁ…」  てことは僕が生まれた時から知ってるってことだよね?おじいちゃんとお友達ってどういうこと?何でおじいちゃんもママもパパも、何も教えてくれなかったんだろ…  「着いたぞ」  また温かいリビングへと戻された僕は、改めてノアさんを見た。オールバックにされた黒い髪と赤く光る綺麗な目。ハーフなのかな?背もお父さんやおじいちゃんよりずっと高くて、かっこいい。白いシャツもシワがなくて、黒いパンツも新品みたいだった。  「あの、ママとおじいちゃんどこにいるか知ってますか…?」  「さあ?分からないな」  「ママ…」  僕をおいてどこかに行っちゃったのかな…嫌いになった?僕が寝たから置いてっちゃったの…?視界がぼやけて、ボロっと涙が落ちた。  「…2人が帰ってくるまで一緒に居てやるから泣くな」  「ぐすっ、ありがとう、ございます…ぐすっ」  「泣くなよ…」  「う、んっ」  ノアさんの心底困ったような顔に、思わず笑ってしまった。

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