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過去
沈黙が辛くて、何か話題を振る。
「ノアさんは、目、赤いんですね」
「ん?ああ、そりゃあ吸血鬼だからな」
「え?」
吸血鬼?吸血鬼って…あの吸血鬼?
当たり前みたいに言われたけど?
ノアさんは僕の顔を見るなりため息をつく。
「なんだ、俺のこと何も知らないのか」
「はい。おじいちゃんとママも何も…あ」
「なんだ、何か思い出したか」
昔、パパが知り合いの吸血鬼がどうのこうのって…言ってたような…言ってなかったような…うーん。なんだっけ。
「たしか、、パパが何か言ってたかも…です」
「ほお、彰俊 がか…」
ノアさんは指を唇にあててくつくつと笑うと、僕の頭を撫でた。パパの名前を知ってるってことはやっぱり、ノアさんはパパの友達なんだ。
嘘じゃなかったんだ、よかった…
「彰俊とは最近連絡を取っていないな…元気か、あいつ」
「はい、とっても元気ですよ。お仕事は大変だって言ってたけど…お風引かないといいな…」
「フッ、お前のが風邪引きやすいだろうな」
「むぅ…」
ドウイウコトデスカ…ひ弱そうだって言いたいんですか…確かに毎年インフルエンザかかってるけどね…
ゴーン、ゴーン…
古時計の2本の針が真上を指して、時間を知らせた。英数字で読めないけど…
「…もう三時だぞ…流石に遅い」
「このお屋敷のどこかに居るってことは…」
「ない。気配が感じられない。確実に敷地から外にいる」
気配でわかるの!?なんだっけ、アレみたい。透視能力みたい!!それにしても、2人とも、どこに行っちゃったのかな…お買い物?はありえないし…お散歩?もないよね…デート?ない!!!ありえない!
暖炉の火がパチパチと鳴って燃えている薪が崩れる。薪が切れそうなんだ。次第に寒くなって毛布をかぶりなおした。
「寒いのか」
「はい…ノアさんは寒くないんですか?」
「そんなに、だな。俺は元々体温が高いから」
「そ、なんですかっへっぷし!!…ズズッ」
身震いをして鼻をすする。薪は燃え尽きたようで火が静かに消えた。
「仕方がないな…ほら、こっちに来い」
ソファーから降りてノアさんが座っている椅子に近づく。長い脚を組んでいるノアさんの目前まで来ると、ひょいっと体を持ち上げられて膝へと乗せられる。
「あっ、えっ…!」
ぐいっと腰を掴まれるとお姫様抱っこ?みたいな体勢で体を支えてくれて、ばさっ、と毛布を掛けられる。暖炉の前にいる時と同じくらい温かい。さっきは怖くて余裕がなかったけれど、ノアさんの服からはいい匂いがする。なんの匂いだろう…嗅いだことあるような…
「どうだ、少しはマシになったか?」
「は、い」
至近距離で赤い目に見据えられると、心まで見透かされていそう…
「そうか。明日は月曜だが、学校は?」
「えっと…休みです。創立記念日なので…」
「それは良かったな。夜更ししている身で学校へ行っても集中出来ないからな」
「はい…ノアさんは、お仕事ですか?」
「まあな。書斎で、だけどな」
「しょさいって何ですか?」
「本を読んだり何かを執筆するところだ。お前はその年で物知りだと思ったが…まぁ、知らないことのほうが多いか」
えーと、この場合は褒められてる?バカにされてる?半々くらい?
「の、ノアさん…」
「ん?」
「トイレ…」
「…寝る前になにか飲んで寝たな?」
「ごめんなさい…」
「別に構わん。このまま連れて行ってやる」
ノアさんは僕を抱っこしたまま立ち上がり、部屋を出て廊下の電気をつけた。
トイレの前まで来ると、僕を下ろして部屋に戻ろうとする。ちょっと待ってください。怖いので置いてかないでください。
「あの、の、ノアさんっ!!」
振り返ったノアさんはなんだ少年、怖いのか?と言いたげな顔でニヤニヤしている。薄い唇の隙間からチラリと鋭い八重歯が見えた。こ、この人わざと置いてこうとしたんだ!いじわる!
ムッとしているとすまんすまん、と笑って言った。
「ここで待っててやるから大丈夫だ。早く済ませてこい」
いじわる…と小さく呟いてトイレへ入った。
ガチャッ
手洗いを済ませて外へ出る。壁に寄りかかっているノアさんは目を閉じてなにか考え込んでいるようだった。僕の気配に気がつくと、くしゃりと頭を撫でる。
「お前、俺の部屋で寝ろ」
「えっ?」
「今から薪をとりに行くのが面倒くさい。…あの二人も帰るのが遅くなるなら夜が明けるまでの薪を用意しておくのが普通なんじゃないのか…」
まったく、とため息をつくと、僕に毛布を巻いて抱っこした。当たり前のように抱っこされてるけど、僕はもう三年生だし、ダメだよね!
「僕、歩けます。下ろしてください」
「ダメだ」
「な、何でですか?」
「お前、これまで変な奴から声をかけられたことは?」
「変な奴って?」
「目元を隠している奴や手にタトゥーが彫ってある奴だ」
「何回か…あると思います」
そうだ、最近変な男の人や性別が分からないくらい服を着込んだ人に声をかけられる事が多くなった。手にタトゥーが彫ってある人は分からないけど、白い手袋をしている人は見たことがある。
学校の帰りとか、友達と別れて独りぼっちになると誰かしらに声をかけられる。でも内容はごく普通で、道を教えてあげたり、寒いね、とか風邪引かないでね、とか、親切な言葉ばっかりだから全然怖くなんてない。
その旨を話すとハァーー……と深いため息をつかれた。
「やっぱりな…」
「それとこの抱っこのどこに関係が…?」
その話は着いてからな、とツカツカと螺旋階段を登ると、今まで知らなかった部屋へと入り、ガチャリ、と鍵をかけた。用心な人なんだな、と見ているとノアさんはパチン!と電気をつける。そこには広くて綺麗な部屋が広がっていた。やっぱりノアさんと同じいい匂いがした。
ノアさんの部屋は所々に分厚い本が並べてある本棚があったり、大きくて高そうな机があった。
「ほら」
「わわっ!」
ぼすん、と僕を大きなベッドに放り投げる。いくらベッドが柔らかくても、雑じゃないですか…?
「ありがとうございます…」
「ああ」
ノアさんはベッドから離れた大きな窓へと歩くと、一度、外を伺った。後ろ姿しか見えないけど、何かを警戒してるみたい。何もいない事を確かめると、赤い生地に金の刺繍が入ったカーテンを閉めた。それから暖炉を点ける。煙突と薪はなくて、暖炉の最先端みたいな物。部屋の空気が濁らないように通気口?みたいなものが取り付けてあった。
「すごい…こんな暖炉見た事無いです」
「そうか、それは良かった」
「あの、それで…話の続き、良いですか?」
ああ、そうだったな。と僕の隣に座ると、僕の顔を見つめて少し考えてから口を開いた。
「怜央」
「はい」
「この話を聞けば、これから外へ出るのが怖くなるかもしれない。でも心配はするな。これからは俺が守ってやる」
「は、い…」
ゴクッ、と喉が鳴る。お外へ出るのが怖くなる…どういう事なんだろう。
「怜央、お前の祖母、マリア・ウィリアムズは優秀なエクソシストだった。そしてお前の父親の彰俊、そして孫のお前、といった子孫を残したんだ」
「お祖母ちゃんがエクソシスト?パパは孤児院の先生だったって言ってました…」
「お前に不安を持たせると思って言わなかったんだろう。会っても責めないでやってくれ。」
「わかりました…優秀なエクソシストだったお祖母ちゃんが、僕と関係があるんですか?」
ノアさんは急かすな、まぁ、まずは話を聞けと笑った。
「彼女は生まれながらにして強力な力を持っていた。端的に言うと、溢れる程の神のご加護を受けた様な人だったんだ。例えば、何か悩みがある者には解決策を一緒に考え、そして実際に全ての者の悩みを解決させた。捨てられた子や教会の孤児院で虐められている孤児を見つけては、世話をしてやった。俺も助けてもらった一人だ」
「僕のお祖母ちゃんって本当はすごい人だったんですね」
「ああ。周りの人はみな、彼女を是が非でも国が支える教会に入れさせようとした。でも彼女は拒否した。彼女には…愛する人がいたんだ。」
「愛する…人って、僕の、おじいちゃん?」
「そうだ。修道女は恋愛禁止なんだ。だから拒否し、結婚して、子供を産んだ。それがお前の父親だ。そして孤児院を創設した。身寄りのない子供を集めて一緒に過ごしていた。その様子を見ていた周りの人々はいっそ彼女の夫と子を殺して、無理矢理にでも修道女にしよう、なんてことを考えた。」
「そんな、酷いこと…」
「全くだ。当時の周りの人間達は気が狂っていたんだ。彼女の親までもがな。…だが、それを感じ取ったマリアは、周りの人から家族を守るために結界を張って働き、稼いだ金で家族や孤児を連れて遠くの地へ逃亡した。」
ここで一つため息をつくと、遠い目をしていた目が、こちらに向いた。
「それからは穏やかな日々が続いた。皆で野菜を育てて近くの川で魚を釣ったりして…彼女、マリアと夫の紫郎 は皆に勉強を教えてくれた。二人とも優秀で優しかった。俺達孤児を実の親子のように彰俊と共に育ててくれた。」
「楽しかったですか?」
「ああ、とても。俺を吸血鬼だと知ってても育ててくれた。夜のお祈りの時、外へ連れ出されて『ノア。貴方は吸血鬼だけれど、優しい子だということは分かっているわ。吸血鬼は冷酷だというイメージがあるかもしれないけれど、自分がそうだからと言って責めてはだめよ。いい?どうしても血が吸いたくなったら、一人で私の所にいらっしゃい。美味しくないかもしれないけれど、魚の血で我慢して頂戴ね。…いい子ね、ノア。貴方に神のご加護がありますように。アーメン。』と言ってくれたことは決して忘れない。」
「グスッ」
「…え?ちょっと待て、なんで泣くんだ!?」
「だって、ひっく、感動しちゃって、、うぅっ」
ボロボロと涙が溢れて止まらない。なんて優しくて温かいお話なんだろう。
ノアさんは苦笑いして、これからがメインなんだがな…と呟いた。
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