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過去 2
これからがメインだ、と頭をポンポンと叩かれて、涙を拭いた。うん、これからだもん。泣いちゃダメ。
「孤児仲間だった家族は皆元気に育った。そして女性は嫁ぐために、男性は働くために、先生の元を離れていった。みな、彼女にお礼を言って。でも…俺は外へ出なかった」
ノアさんは焦点が合わないような虚ろな目で俯いた。
「家族以外と話すのが怖かった。既に18歳で、魚の血では我慢できなくなってきていたから…。家族を襲うのは、先生の力でできなかったから、知らない者と話せば襲ってしまうかも知れないって…そうやって逃げてたんだ」
「だが、その様子を見ていた先生は俺を外へ連れ出した。先生と俺は隣町の病院へ行った。そこには気が狂ったように泣き叫ぶ者や、怒り狂った者が、牢屋みたいな大きな格子の先に数人いた。先生は普段と変わらない優しい顔で、まずは泣き叫ぶ小さな男の子の所に行った。先生を警戒しているのか、怯えた顔で先生を叩こうと手を振りかぶった。先生は避けることもなく、その子に殴られた。俺はカッとなって掴みかかろうとしたが、先生に制止された。『怖がらないで。私は貴方を救いに来たのよ』と頭を撫でると、その子は眠ってしまった。小さく強張った体を静かに横たわらせて、胸の当たりに両手を置いて悪魔祓いの言葉を口にした。そうすると少年の体の力が抜けて、心地よさそうな寝顔に戻った。そして、少年を抱きかかえて、いつの間にか格子の先で泣きながら見守っていた母親へ渡した。母親は泣きながら先生に礼を言った。その母親も、先生も嬉しそうだった。人一人助けることが、みなの幸せになるんだろうか…と感じて、人のためになることをしようと決心して、街に出た。」
「だが、しばらくして…俺がやっと周りの環境に慣れて、吸血鬼としての欲を抑えられるようになった時、大量の悪魔が街にきて、理由も聞かないままみなを殺していった。」
「悪魔…」
「ああ。俺も捕まって殺されかけたが、吸血鬼であることを知った彼らは、俺だけを逃がした。それどころか、『マリア・ウィリアムズを殺しに行くんだ。お前も来るといい』と笑った。それを知った俺は、彼らの目を盗んで先生の所へ飛んだ。でも…もう遅かった。上級悪魔だけが先生の住む場所に行き、下級悪魔を街に出させ、時間稼ぎをしていただけだったんだ…」
「先生はその時から体が弱くなっていたらしい…先生は、最後の力を使って夫と息子を守るための術をかけて……死んだ」
「僕のお祖母ちゃんが…悪魔に殺された?」
ドクドクと心臓が鳴る。これまで聞いていたお祖母ちゃんの情報は全部嘘だったんだ。ノアさんの言うとおり、僕を怖がらせないためにって事はわかってるから、責めない。だって、一番傷ついたのはおじいちゃんとパパ、そしてノアさんたちなんだから。けど…
「お祖母ちゃんっ…会いたかったっ…」
また、涙が溢れた。今度はノアさんは泣くのを咎めなかった。逆に、僕を膝にのせて抱きしめてくれた。
「ごめんな、お前の…お祖母ちゃんを助けてやれなくて…」
「のあ、さんのせいじゃないです、ぜんぶっ、悪魔が悪いです、っ」
「…ごめんな…」
お祖母ちゃんで思い出し、ぐしぐしと涙を吹いて、パジャマの内側から十字架の形をしたペンダントを取り出した。開くと、こちらに微笑みかけているお祖母ちゃんの写真がはいっている。
これはパパに貰った、僕にとって唯一のお祖母ちゃんの形見だ。
ノアさんに見せると、ぐっ、と眉間に皺が寄る。
「これ、お祖母ちゃんの…」
「一番綺麗だった時の先生だ…お前はやっぱり先生に似てる。先生はお前を遺した。いいか、怜央」
「はい」
「さっきも言ったが、お前は先生の力を受け継いでいる。年々感じる力が強くなっているなと感じていたが…もう先生と同じくらいだと思う。そうすると自ずと悪魔が湧いて出る。悪魔にとって優秀なエクソシストの血は御馳走なんだ。それらが、お前に声をかけて隙を狙っている。お前にかかっている結界をどう破るか、確かめているはずだ。結界が張られているとお前に触れられない。きっとお前の結界は破られることはないが、万が一の場合もある。わかるな?」
「…はい。」
バリアーが張ってあっても油断は禁物。強い魔物に破られたら終わりだから。
「…でも、何でノアさんは僕に触れられるんですか?吸血鬼、なんですよね?」
「そうだ。それが、俺には分からないんだ。もしかしたら、俺のことも家族だと思ってくれていたんじゃないか…と思ったが…そんな訳ないよな…」
「いえ、お祖母ちゃんはノアさんの事、絶対に大切な人だと思っていますよ。だから、きっと僕たちウィリアムズ一家の人達が触れるし、話すことができるんです」
一瞬驚いた目をして、ふわりと笑う。ありがとう、ともう一度強く抱きしめられた。僕はノアさんの硬い肩に頭を乗せて抱きついた。
「ノアさん…」
「…どうした?」
「ぼく、ノアさんに…会ったこと、ありますか…?」
「…ああ。一度だけな。」
「そう、ですか………」
「…おい?怜央?」
段々と視界がぼやけていく。暖かくて大きな腕が心地よくて…僕は目を閉じた。
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