4 / 27

塗り替え

 僕は怖い夢を見た。  『おきろ』  …ノアさん?  誰かが寝ている僕に乗っかっている。両手をベッドに押し付けられて動けない。  『お前の血を飲み干してやろうか?』  違う、ノアさんじゃない!!  いや!!!  大声で抵抗しようとしても、声が出ない。僕に乗っかっている黒くて大きな人が、ニタリと笑ったようだった。  『オマエはガキだからすぐに飲み終わっちまうだろうな。大丈夫だ、すぐに気持よくてワケがわからなくるからな。』  ジリジリと鋭く尖った牙が僕の首を目指して近づく。ギュッと目を瞑って祈った。  助けて、ノアさん!!  ゴッ…  鈍い音がして、黒い人はばさりと僕の上に倒れた。重い、っ!  『…大丈夫か?』  そこにはノアさんが立っていた。  『お、…れお……!!』  誰…?  「おい、起きろ!怜央!!!」  「わあっっ!!!!!!」  大きな声に目が覚めた。バっと起き上がると、見慣れない部屋のベッドに寝ていた。  あ、僕、ノアさんの部屋で寝ちゃったんだ…  「おい、寝ぼけてるのか?…おい?」  ノアさんは僕のボーーッとする頭をコツンと叩くと、顔を覗く。  「うなされてたぞ…大丈夫か?」  「だ、じょぶ、です…」  カラカラになった喉から乾いた声を出して、ボーっとノアさんの顔を見た。  目の色がグレーになっている。  「あれ…?お目目、いろちがう…」  「ああ。赤くなるのは夜だけだ。…というか、お前、だいぶ寝ぼけてるな…」  「ぅ、ふぁあ〜…おなか、へった…」  「分かったから下に行くぞ」  「うん…」  フラフラとベッドから降りてノアさんの手を握る。  「踏み外すなよ」  一段一段慎重に降りて、ようやくリビングのソファーへと座った。  「朝が弱いのか」  と苦笑いしたノアさんは、テーブルにホットケーキを置いた。怖そうな外見から予想もつかない朝食が出てきて、思わずびっくりする。  「なんだ?間抜け面してないで早く喰え」  「は、はい。頂きます!」  フォークとナイフを手にとってホットケーキを口に運ぶ。なにこれ、すごく美味しい!  「美味しい!です!!」  「そりゃ良かったな。今日、これから出かけるから早く着替えろよ」  「お出かけ?」  「…」  「…ノアさん?」  「早く喰え、置いてくぞ」  ノアさんは一瞬気まずそうな顔をした。伏せた目に掛かる睫毛が、太陽の光で輝いた。  あっという間にホットケーキを平らげて、甘い紅茶を頂いてから、洗濯してあった服に身を包む。いつの間にか髪を整え、黒いスーツに着替えて新聞を読んでいたノアさんは、新聞から目を上げた。  「…怜央、歯は磨いたか?」  「はい!」  「顔は?」  「洗いました!」  「髪は?」  「あっ!」  忘れてた、いつもはママがやってくれるから…髪の整え方なんてわからない。僕の髪はふわふわで纏まらないからママしかセットできないんだ。黒い髪だけど、ノアさんと違って僕の髪は細いからグレーに見えるんだってママが言ってた。  「来い。やってやる」  鏡台へ行き、後ろで僕の髪を素早く梳かす。  「少し慣れないかもしれないが」  そう言ってワックスを手にとって僕の髪に馴染ませる。上からノアさんの匂いがした。  「…いい匂いですね。なんの香りですか?」  「それは内緒だ」  鏡越しに笑われて、いろいろな花の名前を答えてみたけれど全部ハズレだった。  「さ、できたぞ」  まだなにかあるはず…と香りの正体を考えていると、肩を叩かれた。  「わっ、すごい!」  こんなの僕じゃないみたい!ふわふわの髪は艶が出て、右の髪は耳にかかってる。七五三のときみたい!  「ありがとうございます!」  「ああ。もう行くぞ」  「はい!…あ」  …?  なにか、忘れてるような…  ペンダントはちゃんと首にかかってる。靴もコートもちゃんと着てる。ママに注意されちゃうから…  ママ?  ママって、誰だっけ?  「どうした、怜央」  お屋敷の中をぐるりと見渡す。がらんとしていてママなんてどこにもいない。  「怜央?」  「…ノアさん」  「ん?」  「…僕にママはいますか?」  それを聞いてふわりと笑ったノアさんは、僕の頬を撫でた。昨日と同じく温かかった。  「…お前は何を言ってるんだ?」  玄関の地べたに片膝をついて僕に目線を合わせる。スルリと僕の顔を両手で包み込むと、僕とノアさんは見つめ合う形になった。  「怜央、お前の家族は誰だか忘れちゃったのか?全く、困った奴だな」  「思い出せないです…」  「お前は俺のモノだ。お前の家族は俺だけなんだよ。思い出したか?」  じいっと目を見つめられて動けなくなる。あれ?ノアさんの目が赤く染まっている。何か言い聞かせるような、でも優しい目をしている。  「ノアさんだけ?ノアさんは僕のなに?」  「俺はお前の恋人だよ」  「こいびと…?」  「そうだ。お前には俺しかいないんだよ、怜央。俺を好きだって言ってみろ」  ノアさんに射抜くように目を見詰められて、急に腰の力が抜けてガクンとへたり込む。目の前がぼやけて薄ピンク色に見える。  「…の、…ノアさんが、…すき…」  「…嬉しいよ。俺も大好きだよ怜央。二人だけで世界を抜け出そう」  ノアさんに抱き抱えられて頭を撫でられた僕は眠りそうになる。  すると、急に周りが暗転する。ママの声とパパの声がして、…あれ、僕には親はいないって…うんん、いるんだ。その、二人とノアさんの争うような声が聞こえるけど、僕の目前は閉ざされたままで何も見えない。  連れて行ってはいけない…まだ小学生だぞ…俺のものだ…返して…せめて、小学生のうちは会わないで…幼い子に洗脳をするようなマネはしないで…卒業すれば……………  ごちゃごちゃと言葉が飛び交う中、ついに意識を手放した。

ともだちにシェアしよう!