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塗り替え
僕は怖い夢を見た。
『おきろ』
…ノアさん?
誰かが寝ている僕に乗っかっている。両手をベッドに押し付けられて動けない。
『お前の血を飲み干してやろうか?』
違う、ノアさんじゃない!!
いや!!!
大声で抵抗しようとしても、声が出ない。僕に乗っかっている黒くて大きな人が、ニタリと笑ったようだった。
『オマエはガキだからすぐに飲み終わっちまうだろうな。大丈夫だ、すぐに気持よくてワケがわからなくるからな。』
ジリジリと鋭く尖った牙が僕の首を目指して近づく。ギュッと目を瞑って祈った。
助けて、ノアさん!!
ゴッ…
鈍い音がして、黒い人はばさりと僕の上に倒れた。重い、っ!
『…大丈夫か?』
そこにはノアさんが立っていた。
『お、…れお……!!』
誰…?
「おい、起きろ!怜央!!!」
「わあっっ!!!!!!」
大きな声に目が覚めた。バっと起き上がると、見慣れない部屋のベッドに寝ていた。
あ、僕、ノアさんの部屋で寝ちゃったんだ…
「おい、寝ぼけてるのか?…おい?」
ノアさんは僕のボーーッとする頭をコツンと叩くと、顔を覗く。
「うなされてたぞ…大丈夫か?」
「だ、じょぶ、です…」
カラカラになった喉から乾いた声を出して、ボーっとノアさんの顔を見た。
目の色がグレーになっている。
「あれ…?お目目、いろちがう…」
「ああ。赤くなるのは夜だけだ。…というか、お前、だいぶ寝ぼけてるな…」
「ぅ、ふぁあ〜…おなか、へった…」
「分かったから下に行くぞ」
「うん…」
フラフラとベッドから降りてノアさんの手を握る。
「踏み外すなよ」
一段一段慎重に降りて、ようやくリビングのソファーへと座った。
「朝が弱いのか」
と苦笑いしたノアさんは、テーブルにホットケーキを置いた。怖そうな外見から予想もつかない朝食が出てきて、思わずびっくりする。
「なんだ?間抜け面してないで早く喰え」
「は、はい。頂きます!」
フォークとナイフを手にとってホットケーキを口に運ぶ。なにこれ、すごく美味しい!
「美味しい!です!!」
「そりゃ良かったな。今日、これから出かけるから早く着替えろよ」
「お出かけ?」
「…」
「…ノアさん?」
「早く喰え、置いてくぞ」
ノアさんは一瞬気まずそうな顔をした。伏せた目に掛かる睫毛が、太陽の光で輝いた。
あっという間にホットケーキを平らげて、甘い紅茶を頂いてから、洗濯してあった服に身を包む。いつの間にか髪を整え、黒いスーツに着替えて新聞を読んでいたノアさんは、新聞から目を上げた。
「…怜央、歯は磨いたか?」
「はい!」
「顔は?」
「洗いました!」
「髪は?」
「あっ!」
忘れてた、いつもはママがやってくれるから…髪の整え方なんてわからない。僕の髪はふわふわで纏まらないからママしかセットできないんだ。黒い髪だけど、ノアさんと違って僕の髪は細いからグレーに見えるんだってママが言ってた。
「来い。やってやる」
鏡台へ行き、後ろで僕の髪を素早く梳かす。
「少し慣れないかもしれないが」
そう言ってワックスを手にとって僕の髪に馴染ませる。上からノアさんの匂いがした。
「…いい匂いですね。なんの香りですか?」
「それは内緒だ」
鏡越しに笑われて、いろいろな花の名前を答えてみたけれど全部ハズレだった。
「さ、できたぞ」
まだなにかあるはず…と香りの正体を考えていると、肩を叩かれた。
「わっ、すごい!」
こんなの僕じゃないみたい!ふわふわの髪は艶が出て、右の髪は耳にかかってる。七五三のときみたい!
「ありがとうございます!」
「ああ。もう行くぞ」
「はい!…あ」
…?
なにか、忘れてるような…
ペンダントはちゃんと首にかかってる。靴もコートもちゃんと着てる。ママに注意されちゃうから…
ママ?
ママって、誰だっけ?
「どうした、怜央」
お屋敷の中をぐるりと見渡す。がらんとしていてママなんてどこにもいない。
「怜央?」
「…ノアさん」
「ん?」
「…僕にママはいますか?」
それを聞いてふわりと笑ったノアさんは、僕の頬を撫でた。昨日と同じく温かかった。
「…お前は何を言ってるんだ?」
玄関の地べたに片膝をついて僕に目線を合わせる。スルリと僕の顔を両手で包み込むと、僕とノアさんは見つめ合う形になった。
「怜央、お前の家族は誰だか忘れちゃったのか?全く、困った奴だな」
「思い出せないです…」
「お前は俺のモノだ。お前の家族は俺だけなんだよ。思い出したか?」
じいっと目を見つめられて動けなくなる。あれ?ノアさんの目が赤く染まっている。何か言い聞かせるような、でも優しい目をしている。
「ノアさんだけ?ノアさんは僕のなに?」
「俺はお前の恋人だよ」
「こいびと…?」
「そうだ。お前には俺しかいないんだよ、怜央。俺を好きだって言ってみろ」
ノアさんに射抜くように目を見詰められて、急に腰の力が抜けてガクンとへたり込む。目の前がぼやけて薄ピンク色に見える。
「…の、…ノアさんが、…すき…」
「…嬉しいよ。俺も大好きだよ怜央。二人だけで世界を抜け出そう」
ノアさんに抱き抱えられて頭を撫でられた僕は眠りそうになる。
すると、急に周りが暗転する。ママの声とパパの声がして、…あれ、僕には親はいないって…うんん、いるんだ。その、二人とノアさんの争うような声が聞こえるけど、僕の目前は閉ざされたままで何も見えない。
連れて行ってはいけない…まだ小学生だぞ…俺のものだ…返して…せめて、小学生のうちは会わないで…幼い子に洗脳をするようなマネはしないで…卒業すれば……………
ごちゃごちゃと言葉が飛び交う中、ついに意識を手放した。
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