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焔緋
あの不思議な体験からもう5年。中学2年生。今はもう記憶が薄れちゃってるけど、何だか大変なことが起きたんだろうな…とは思う。
次の授業の用意をしていると、いきなり目が塞がれて暗くなった。
「わぁっ!!……ちょっと、ほむら〜…!」
犯人はもう分かってる。
榊原焔緋(サカキハラ ホムラ)。あの体験のすぐ後に僕の家の隣に引っ越してきて、すぐに友達になった。僕より大人しくて、可愛かったのに…いつの間にか背も追い抜かされて、声変わりも済んでて…どんどん差が開いている。いや、べつに悔しくはない…よ…?うん…。
「毎日のように驚かすのやめてってば!!」
「いーじゃん別にー!構ってよ〜」
「やだ!!」
焔緋はセットしてある濃茶の髪を揺らして、切れ長で二重の青い目を細めて笑う。
休み時間にこうやってふざけてると幾人かのクラスメイトが寄ってきて、話が広がる。
「サカキ、お前ほんと怜央っち好きな〜」
「ほんとなw」
僕達二人をあだ名で呼ぶ、アラタ、キラ、ライムがいつもつるんでる仲間。焔緋と話していると、ヤンキーぽい人達が集まってくるけど、僕もそんな嫌いじゃないから大丈夫。みんな、根は優しいから。
「だってオレ、怜央ちゃんと結婚するもん」
「…は?」
何言ってるのこの子。
「はぁー?w 怜央っち困ってんじゃんw」
「そーだそーだ!やめろよサカキ!怜央っちはオレがもらうんだよ!!」
「おめぇも何言ってんだよww」
「お前らにはあげねーよバーカ!怜央ちゃんはオレのもんだ!!」
僕の頭に顔を乗せて後ろから抱きしめられる。僕も身長は高い方だけど、それより頭一つ分高い焔緋は余裕で抱きつかれる。それが焔緋の普通の体勢なんだって。…え?嫌がらないのかって?
…そりゃあ、昔からこうなので…今更そんなに気にするものでもないしね…
「…結婚なんてしないからね?」
「なんでよ!?オレがヤなの?何がダメなの?オレちゃんと治すから結婚しよ??ねえねえ、オレ怜央ちゃんの為なら何でもするよ!!?怜央ちゃんの事は幸せにするから!」
「そうゆう問題じゃないでしょ!!お願いだから大人しくして!」
「じゃあ結婚するってゆって?そしたら黙るから。怜央ちゃん、ゆって。」
「………。」
もう知らない。こんなわがままな親友は知らない。授業が始まるまであと5分。長いな〜。
「まぁーた始まったよサカキのわがままw」
と、いつもの光景に呆れて笑うアラタたち。
「アラタ、笑ってないでこのワガママヤンキーを僕から剝がして…」
「ヤンキーってw怜央が言う〜?w」
「え、僕ヤンキーじゃないもん」
「どこがだよ〜」
「僕は至って普通の男子中学生だよ??」
至って普通の。健全な。平凡な生活を満喫しておりますよ。
「またまた、染めてツーブロでピアスして、呼び出しくらってたの誰だよ〜」
「染めてないってば!!そしたらアラタ達も言えないからね?」
あれはツーブロにしたからじゃなくて、もともとグレーぽい髪と変な色の目を注意?みたいなのされただけで、証拠とかみせたし。ピアスも耳とヘソ以外は付けてないから別によくない?流石に鼻とかだったらやばいけどさ。
「わあってるよw …てか、そろそろサカキ可哀相だぞ。構ってやれよ」
「…焔緋?」
つい話が盛り上がって、すっかり忘れてた。
僕の注意通りずっと黙ってて、でも抱きついてる腕は緩んでなかった。これはちゃんと反省してる…はず。
「…あー。」
顔を覗くために顔を上に上げると、暗い目をした焔緋の目があった。さっきのキレイな青とは打って変わって、寂しくて暗い、紺の眼。
…これは、ちょっとマズったかな
「焔緋、もう授業始まるよ」
と、丁度始業を知らせるチャイムが鳴った。
焔緋は怖いって評判の先生が教室に入ってきても、僕を離そうとはしない。怒られたらメンドーなの、僕の方なんだけど。
…しゃーないなーもう。
ガタン、とわざと大きな音を立てて椅子を下げる。そうすれば先生は呼ばなくてもこっちを向くから。
「榊原クンが気分悪いみたいなんで、保健室連れていきますね」
つらつらとサボりの常套句を言う僕に先生はいかにも胡散臭そうな顔をして睨まれたけど、隣の焔緋を見て渋々と答えた。
「…ウィリアムズ、お前はすぐ戻って来いよ」
「きぃつけてな〜w」
「へーい」
と、ふざけてるキラにも適当に返事をして、焔緋に「行こ」と囁く。
微かに頷いた焔緋は、僕の片腕に爪を食い込ませるように掴んで、そのまま屋上に行く。
『立入禁止』の看板なんて知らない。鍵も何もないくせに、誰がこんな言う事聞くんだよ…
焔緋は壁に寄りかかるようにして座ると、自分の膝辺りをポンポンと叩いた。
…ここに座れってことらしい。
「ほーむら、んっ、!」
大人しく焔緋の膝に座って、顔を覗こうとするといきなり口を塞がれる。
「ま、って!!つっ!ちょ、んんっ!!ほ、むらっ!!!」
こうやって焔緋に口内を荒らされるのは初めてじゃない。けど慣れない。
やっと離されたとき、焔緋の顔はまだ暗かった。
「…怜央、オレのことキライ…?」
二人きりになると呼び捨てで呼ばれる。これも昔から。そして裏の顔が出る。二重人格ではないと思うけど、いつもの顔が明る過ぎるだけに裏も相当深い。極度のネガティブになったり、ヒステリックになる。
それでよく、ケンカになった。
「キライじゃないよ。大好き。」
周りの奴らから見たら気持ち悪がられるけど、こうなってしまった焔緋をなだめるにはこれが一番の処方薬なんだ。
安心させるように焔緋の顔を自分の肩に引き寄せた。焔緋はぎゅう、と僕を抱きしめる。
「ホント?ずっとオレの側にいてくれる?」
「うん。だからピアスお揃いにしたんじゃん」
「うん…」
僕と焔緋は同じピアスをしている。紅い石の入ったリングのピアス。中一の春休みに買いに行った。その頃が一番、僕への執着が強かったからなにか心の拠り所が必要だと思って。これを僕だと思えばいいって今思うとかなりクサい台詞吐いてるよね??
そんなことを思い出していると、世界が反転して床に寝っ転がる状態になる。ゴチン、と頭が床に当たった。痛い。
「バカ。痛い。いきなりそーゆうの止めってってゆってんじゃん…」
上から被さってくる焔緋の頭を小突く。
「怜央、オレとずっと一緒にいて」
「いいよ」
「オレ以外としゃべんないで」
「それは無理。それは分かってるだろ」
「…せめて女と話すときはオレを挟んでね」
「…なんで」
「女は信用できない…怖い。もし怜央が女に獲られたらその女殺して怜央を監禁するから。」
「獲られたらって…」
焔緋は小さい時に父親がストーカー女にナイフで刺されたことが女性へのトラウマになったらしい。傷が浅かったから命は助かったが、被害者である父親よりも怖がっていたのは焔緋だと…知ったのは最近で、やっと焔緋の女性嫌いの原因が分かった。
「焔緋、僕に執着しすぎだよ。女っていっても皆がそうってわけじゃないよ」
「女は皆そうなんだよ!!オレにはもう怜央しかいないんだよ…怜央以外信じられない」
「…僕がいない仮定で、もっと世界を広く見たほうがいいよ、焔緋」
「ヤダ。もう怜央しか視界にはいんない」
「焔緋ならもっと上いけるだろ…」
「じゃあ聞くけど。怜央は頭いいのに何でこの学校に来たの?近場で頭良い学校いっぱいあったのに。怜央の学力ならもっと上行けただろ」
「そ、れは…」
「なんで?怜央、答えて」
「怜央」
「焔緋がいないのがイヤだったから…多分だけど、焔緋がいないと学校行けないと思う。家が隣でも…寂しいから」
これは本当。僕にはあんまり友達がいないから、焔緋と違う学校に行きたくなかった。それに、ここの中学校が一番キレイだったから。別に照れ隠しするわけじゃない。
焔緋は薄い唇から白い歯をのぞかせて笑った。笑ってくれるのはいいんだけど顔が怖いよ…
「…うれしい」
「あ、そ」
急に面と向かって話すのが恥ずかしくなって顔を背ける。でも焔緋の長い指が僕の顎を掴んで戻す。
「オレの顔見てよ」
「っ…」
ニタリと微笑む焔緋の目に、僕の顔が写っている。怯えてる様な、情けない顔。
「本当にかわいい…怜央、愛してる」
「中学生が言う言葉じゃない…」
「オレと結婚を見据えて付き合おうよ」
「つき合わないし結婚もしない」
「なんでよ…」
ぶすっとした焔緋の顔を見て、おかしくて吹いた。
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