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榊原家の兄弟喧嘩

 「お邪魔します」  「どーぞ」  焔緋の家は大きい。和風の、威厳のある家。門も大きくて、表札には筆で書いたような綺麗な字で「榊原」と彫られている。  玄関は僕の家の倍で、廊下がめちゃくちゃ長い。そして複雑。あ、わかりやすく言うとサ◯ーウォーズのな◯き先輩のおばあちゃんの家。  焔緋の部屋も無駄に広い。畳とフローリングが一対一の割合で分かれてる。でも、焔緋の部屋には勉強机、ガラスのローテーブル、ベッド、本棚、テレビしか置いていない。服はすべてクローゼットの中らしいから、どうしても広いだけ殺風景に見える。  焔緋のお父さんは国家公務員、お母さんはトップデザイナーというハイレベルな両親だけど、優しくていい人達だ。  …一人を除いて。  「また来たのか、ウィリアムズ」    「…こんにちは。お邪魔してます、庵さん」  焔緋が飲み物を取りに席を外して、部屋でぼーっとしていると、焔緋の兄である(いおり)さんが入ってきた。今日は藍色の浴衣に浅葱色の羽織か。庵さんは某有名大学の院生で、とても頭が良く、外見も良い。周りから見れば眉目秀麗、知勇兼備の逸材。だけど、ただ一つ欠点がある。  「毎日のように来るな、鬱陶しい。お前は何をしにここへ来るんだ?ピアス開ける暇があったら勉学に励んだらどうだ。お前の脳みそが勿体無いぞ。いらんなら捨てろ」  口が悪い。ただひたすらに口が悪い。口調の問題じゃなくて人の心に突き刺さる言葉。  「すみません…」  「謝るなら行動に移せ。だからお前は…って、お前、なんだその痕は」  「痕?」  庵さんが僕の後ろに回り、制服の襟を下へとずらす。庵さんからは微かにお香の香りがした。  「…これは噛み跡か?」  「あ…」  焔緋のやろう…なんでシャツから見える所を噛んだ…  「…吸血鬼に噛まれたのか?」  「い、いえ…」  「…女と遊ぶ余裕があるとはな。それとも男か?」  貴方の弟様です。  庵さんはフン、と鼻を鳴らすと焔緋の部屋を出ていった。  「はぁ…」  脳みそ捨てろってどういう事ですか…死ねってことですか…ピアス開ける暇って言ってもセルフだからばちん、で終わるんだけどな…その間でも英単語一つ覚えられるってことなのかな…てか僕の首噛んだの焔緋ですよ…と、言えなかったことをウダウダと考えながら焔緋のベッドに突っ伏していると、遠くの方から何か争うような声が聞こえてきた。…当人たちは大体分かるけど。  少し心配になって廊下に出ると、遠くの台所から焔緋と庵さんの声がする。気になって覗くと、二人が対峙してる。ジリジリと野生動物の食い物争いみたいな?わ〜、兄弟喧嘩ってこわいな〜!兄弟いなくてよかったぁ〜!  「何であいつを連れてくるんだ!気になって仕方がないだろう!」  「お前には関係ねーだろ!あと怜央をあいつ呼ばわりすんな!殺すぞ!!」  「お前な、兄に向かってその言葉遣いはなんだ!!それよりあいつの噛み跡はお前が付けたんだろう!!?いい加減にしないとそろそろ本気で獲るぞ!?」  …ん?  「ハァ!?そんなことしてみろ、お前のを再起不能にしてやる!諦めてさっさと家出ろクソ兄貴!!」  「なんだと!?それはこっちのセリフだ!!いい加減あいつから手を引け!あいつはお前のような低俗な者には相応しくない!!私のような!!秀才でなければ!!」  …んん?  「あ"ぁ!!?調子のってんじゃねぇよ!!少なくともテメーより全ッ然脈あるからな!!?今日だって怜央から抱きしめてくれt  待て待て待て待て!!!  「あの!!!」  咄嗟に声が出た。  「「!?」」  「け、喧嘩はやめてください…ませんか…」  二人がぐるんっ!と音が出そうな勢いで振り向かれてさっきより声が小さくなった。すると、急にしおらしくなった二人は、わたわたと僕に近づく。  「ご、ごめん怜央ちゃん」  「す、すまないな。…もう四時か。私はこれから講義があるので失礼する」  「は、はい。行ってらっしゃい」  「あ、ああ。ゆっくりしていけ」  庵さんはどぎまぎして台所から出ていった。行ってらっしゃいは変だったかな…まあいいや…  「怜央、ごめん、なんでもないよ」  「…いいよ。早く部屋行こ。寒い。」  「!そ、そだね」    部屋に戻ってくると、後ろから焔緋に抱きしめられた。さっきの優しく包むようなハグじゃなくて、力が篭ってるハグ。  「ほ、焔緋…?」  「怜央…」  焔緋の息が耳に掛かってくすぐったい。焔緋の腕を解こうとするけど、僕の力じゃ到底叶わなかった。  「怜央、好きだよ」  その瞬間、ブワッと身体が熱くなった。  「だから、お前は…ってちょ、っと…放して、焔緋っ…」  そのままベッドに押し倒される。  上から覆いかぶさる焔緋の目に、顔が熱くなる。焔緋の今まで見たこともない、獣のような目。    「焔緋…?ん、ん!」  また口内を荒らされる。けど、お昼のときとは違って凄くいやらしいキス。  「ぁ、ややっ、んぅっほうらっ…」  「可愛いね…もっとしてあげるね」  僕の顔を見てニヤリと笑った焔緋はそう呟くと、僕の目に何かを被せた。  「待って、焔緋!やめてっ…んぐっ!」  続けて口に布を巻き付けられる。手も焔緋の両手でベッドに縫い付けられていて、どうすればいいのか分からない。ただただ恥ずかしい。  「やめへ…ほうら…」  「怜央」  真っ暗闇の中、耳元で焔緋の声が響く。  「愛してるよ」  聞いたことのない低い声で、そう、囁かれた。

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