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[0]犬のお世話係って?

「仕事を探しているの? だったら、紹介するよ?」 駅前のマックでアルバイト情報誌をめくっていると、声をかけられた。 見上げると見覚えのない男が立っている。 年齢不詳。 毛先だけ、あざやかな金髪。 耳には、おびただしい数のピアス。 自分の周りにはいないタイプ。 頭の中の危険信号が、すごい勢いでチカチカと点滅する。 「間に合ってます」 即答で断る。 どうせロクでもない仕事に決まっている。 「犬のお世話。日給5万」 時給じゃなくて日給。 ほらね、絶対、怪しい。 「犬アレルギーだから無理」 「アレルギーって、どんな?」 「唾液がついたら痒くなるし、毛でくしゃみが出る」 「それなら大丈夫。餌をあげるだけ。お散歩もしなくていいし、相手もしなくていい」 「それじゃ、お世話にならないじゃん?」 「犬の見張りがメインだから。ね? 美味しい仕事でしょ?」 「ホントだね。じゃあ、あなたがやれば?」 「うわっ、その返し最高! ますます、お願いしたくなってきた」 俺は、眉をひそめた。 怪しさ、MAX。 うまい話には裏があると、上京の時にばーちゃんに耳タコなほど繰り返された。 人をみたら泥棒と思えとも。 って、ばーちゃん、どんだけ猜疑心強いんだ? 「まー、まー、実際に犬に会ってみてよ。君以外にピッタリな人、いないから」 「ちょっとっ!!」 暖簾に腕押し。 金髪男は、俺の言葉をいとも容易く受け流し、あれよあれよという間に俺は店の外に連れ出された。 そのまま、待機していた高級車に乗せられる。 「犬のお世話係をスカウトしてきた。車、出して」 金髪男は、運転席の男に告げる。 「やるって、言ってないし! ひぇー、助けて~」 「大丈夫、大丈夫」 全然、大丈夫じゃない。 車の中は防音になっているのか、人生で一番と言えるほどの大声を出しても、道行く人は絶望的なほど反応しない。 このようにして俺は無理矢理連れ去られ、犬のお世話係として働くことになった。 犬と言っても、ただの犬じゃない。 プロの『強姦屋』の犬。 詳しい仕事内容と、 金髪男が『すっぽんのユウジ』の通り名を持つ、食い付いた獲物は離さないことで有名な、元一流商社の凄腕の営業だったということを知ったのは、それからすぐあとの事だった。

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