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羨望~後日談~

紅緒は駅舎の中にいた。 20時18分発の夜行列車で東京に帰る予定だ。 今回のことは、伯父の異常な物部家への執着が原因だ。 家にもともと固執はしていないし、どうでもいいのだが、碧人が絡んでいたから仕方なく解決せざるを得なかった。 会いたくない濱野にまであって、見たくもない村田の遺体の写真をみて、本当に今回は疲れた。 駅舎のベンチに座り、ため息をついていると、外套(コート)を着た男が隣に座ってきた。 何気なくふと横を見ると、紅緒はぎょっとした。 「やぁ」 銀髪の男、白眉丸が座っていた。 「ななな、何でお前が…!?」 「一応挨拶とお礼をね」 「お礼って…別に…何もしてないけど…」 「ふふ、君は恥ずかしがり屋さんだな」 白眉丸は笑った。 「あの男に釘をさしてくれたんだろ?」 紅緒は三日前の夜のことを思い出した。 父に血塗れの碧人の着物を見せると、父は着物を抱きながら泣き崩れた。 こんなにも取り乱している父を紅緒は見たことがなかった。 少しだけ気の毒に思ったし、申し訳ない気持ちになった。 一晩経ち、父は碧人の葬儀の準備をし始めた。 目は腫れていたが、てきぱきと指示するところは、やはり物部家の大黒柱だと思った。 通夜には伯父も参列した。 通夜の後、伯父を呼び出し、事件のあらましを説明し、証拠のゴルフクラブを見せると大きく取り乱した。 紅緒が、事件を公にしない代わりに、異形の森に手を出さないこと。父が死んだら、伯父が物部の家を継ぎ、自分には一切手出ししないこと。そして、父が生きている間は、変な事業を持ち込まず大人しくしていることを約束させた。 伯父は泣きながら、土下座し、紅緒に礼を言った。 涙でぐちゃぐちゃになった顔はみっともなく醜いとさえ思った。 「紅緒はやはり賢い子だな」 「あんたは全部知ってたんだろ?キツネ」 紅緒はふんと鼻をならした。 「全部知ってても、私には出来なかったよ。紅緒がいてくれたから、丸く治まったんだ」 「あんたの駒にされたってことだろ」 紅緒は不貞腐れた。 結局、白眉丸に利用されたんだと思うと癪だった。 人生でこんなに自分の頭のよさを利用されたことがなかったからだ。 「そう不貞腐れるな。紅緒は、もうここには帰ってこないのだろう?」 「こんな(ごう)の深いところ、もう来たくない」 正直、いい思い出がここにはないのだ。 「紅緒、もうすぐこの上を碧人が通るぞ」 「は?」 駅舎の窓の外を見ると、キラキラとした火のようなものが飛んでいた。 「きれいだな…」 紅緒は寂しそうにつぶやいた。 「狐火だ。東北の方へ向かっているんだ」 柄にもなく、紅緒は目頭が熱くなった。 本当は碧人が羨ましかった。 自分よりも弱い立場だと思っていた碧人があんなにも愛し愛される存在を手に入れていた。 昔から碧人の方が人から好かれていた。 子供心にそれが羨ましく、妬ましかった。 (碧人、幸せそうに笑ってたな…) あの夜空の下、あの人狼と肩を寄せあっているのだろうか。 そう思いながら、夜空を見ていると、頭に重さを感じた。白眉丸が頭を撫でてきたのだ。 「何するんだ…!?」 紅緒は慌てて白眉丸の手を振りほどいた。 「いや、えらく寂しそうな顔をしていたから、ついな」 「子供扱いするな…」 「私にとって人間は皆、幼子みたいなものだ」 紅緒がふくれた顔をしていると、白眉丸は耳元で囁いた。 「紅緒が困ったとき、私の名前を呼びなさい。直ぐに飛んで行くから…」 「どれだけ子供扱いしたら…」と言いかけると、白眉丸は影も形もなく消え去っていた。 遠くで汽車の音がする。 もう時間だ。 紅緒は熱くなった目頭を擦りながら、荷物をもって立ち上がった。

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