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第1話
パァン
『よし!』
一瞬の静けさの後に道場内に響き渡る低くて重い、響き渡るような掛け声。
「やっぱすごいね。津々見くん。あと一中で会中だよ。」
隣で順番を待っていた女子部員たちがたった今、矢を放ったその男子部員について話している。
俺も無表情にその男子部員の所作を見る。
彼はうつむき、ひとつ深呼吸をしてから遠くの的に顔を向ける。
それからゆっくりとした動作で弓構えーまた、的を見て顔を戻してー打起し。
それから、ゆっくりと引分けをして会が6秒。
パン!
直後、『よし!』の掛け声とともに拍手が響き渡った。
一息ついて残心から弓倒し、そして彼はゆっくりと顔を上げ、こっちに向かって歩いてくる。そして俺の隣を横切って弓を立てかけた。
彼が横切った時、俺は首筋にツゥと汗が流れているのを見てしまい、ドキッとして慌てて目線を元に戻す。
ー綺麗だ。
そう思ってしまった。
それは彼の射形が綺麗だと思ったのか、彼自身が綺麗だったのかわからない。
津々見結衣。
俺と同じクラスの弓道部員。俺たちの2年の弓道部員の中ではもちろん、先輩と比べても圧倒的に上手い。来年度の部長候補である。
だが、クラス内では俺の隣の席で授業中はいつも寝ている。また、なぜだかクラスメイトから男女関係なく好かれている。
ーそして俺の小学校の頃の幼馴染。
おそらくそのことは結衣は忘れているだろう。俺が転校してしまったから。今は普通によく一緒につるむ友達として認知されているはずだ。
結衣が寝てた授業のノートを見せてあげたり、移動教室の時は結衣を起こして教室まで連れて行ったりしている。まぁ、結衣が俺を思い出してくれなくてもこの関係が今の俺にはちょうどいいと思っているから、また友達としてやり直せているから、いいかなとは思う。
あとは結衣には俺たちの間に起こったことは思い出してほしくない。
「ーい!おーい!」
突然肩を叩かれたと思ったら、目の前に結衣がいた。
「わっ!びびった…。何?」
「いや、マトがずっとぼうっとして突っ立っていたから。具合悪いのかなって思っただけ。暑いもんな〜。大丈夫か?」
そう言って俺の顔を覗き込んだ。
「大丈夫だ。…てゆうか近い。暑苦しい。」
俺は、俺よりも10センチほど低い結衣の肩を掴みぐいっと引き離そうとする。
だがー
「ん!」
「っ⁈ちょ!」
結衣が逆に抱きついてきたのだ。一瞬訳がわからなくなって手に全く力が入らなかった。
弓道をやっているために腕の筋肉は嫌でもついてしまうので多少腕力には自信があったが、それでも俺より小さい結衣の方が力は強くて、抱きついてきた体を放すことができなかった。
周りの女子部員が俺たちを見て囁き始める。特に結衣のことを慕っている一年生などからは黄色い声が上がった。
冷房が効いていない弓道場はただでさえ暑いのに男1人にきつく抱きしめられてるんだから、たまったもんじゃない。
とっても体が熱くなる。
「ふざけんなー!!」
道場内に俺の声が響き渡った。
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