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第9話
謎かけの様な言葉の意味を考え乍ら急ぐ帰り道、脇道に小さな出店があった。行灯 には『蒸 し饅頭』とあり皮の良い香りが湯気と共に辺りに広がっていた。
酒蒸し饅頭が好きな母親への土産にしようと一歩路地に入る。
「いらっしゃい、熱々の蒸し饅頭だよ」
暗がりの中に浮かび上がる行灯を頼りに奥へと進んで行った。
背後に人の気配を感じたその瞬間羽交い絞めにされて引き倒され視界を黒い影が覆う。
物取りか、しかし直ぐそばに屋台がある。其処の女が助けを呼んでくれると思ったのに女は声を出そうともしない。人影の隙間から黙った儘身動きの取れない早矢兎を見てニヤリと歪む口許が見えた。
ああ、あの美しい唇は見覚えがある。
乱暴に頭を地面に押し付けられながら懐やズボンのポケットを弄 られる。容赦なく横から体重をかけられて乾いた唇が引っ張られて切れ、血が地面に垂れた。経験したことのない屈辱を感じて涙が出るが早矢兎は声を上げることすら出来なかった。
僅かな視界の中で大きな獣の影が横切り悲鳴が聞こえ、行灯が消えたのか辺りが暗闇なる。いや、いくら灯りがなくてもこの漆黒の闇はおかしい。
小さな悲鳴と共にじわりと生暖かい液体が流れる気配がした後、水溜りを踏んで歩く音が聞こえる。
「おやおや随分と剣呑な屋台だ。謂れのない恨みをここまで募らせるとは余程頭の悪い事」
暗闇の中で光る目が徐々に形を変えて虎彦の像を結ぶ。
「あなたは一体…」
「虎彦ですよ」
「はぐらかさないで下さい。貴方は何者ですか、さっきのは何ですか?」
「早矢兎さんお心当たりがあるのでは?」
ここまであからさまに敵意を向けて来るのは本家の従弟位しか思い当たらないが流石に身内の恥を晒す訳ないはいかない。しかしあの唇は南欧子さんにそっくりだった。
黙り込んだ早矢兎を虎彦がふわりと後ろから抱きしめて耳元に口を寄せて告げる。
「知らなければ解決できないですよ。心の準備は良いですか?」
温かい息が耳に掛かり肌が粟立つのと同時に視界が戻り身体が浮かび上がる。風も温度も感じない為まるで幻燈を見ている様で現実感がない。眼下に大通りを見乍ら瞬く間に移動した先は見慣れた本家のベランダだった。
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