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サチと呼ばれた男は、ゆったりとした動きで立ち上がった。座っている時にはわからなかったけれど、俺や拓海よりも背が高い。歩と同じぐらいか、それよりも少し大きいかもしれない。
そのサチが歩く度に赤い髪が揺れる。まるで花火みたいに鮮やかで、目が離せない。それは俺たちだけなく、周りも同じだ。
派手なんて言葉じゃ足りないぐらい目立つサチに、意識の全てが奪われてしまう。
「俺がおとなしーく『待て』してる間に、お友達3人も増えてるやん」
堂々と俺の前まで歩いてきたサチが笑う。突然現れた俺たちを嫌がることもなく、快く受け入れたように見える笑顔に、自然と入っていた力が身体から抜けていくのがわかった。
「しかも、いっけめーん。やるなぁ、メイちゃん」
俺がぶつかった女の子は、名前をメイちゃんというらしい。サチに褒められた彼女は、すごく嬉しそうに微笑んだ。その顔を見てわかるのは、彼女がこの男を好きなんだってことだ。
そしてそれは、当然のことのように思えた。
赤い髪に高い身長。優しそうに笑う目元はひどく甘ったるくて、その間を通る鼻筋は高い。俺たちと同じ高校生とは思えないほど、大人っぽい。
目も鼻も口も整った顔は、奇抜な赤い髪にも負けていなくて、だけど邪魔もしていない。全てが計算され尽くしたバランスで、サチは俺に笑いかける。
「俺なぁ、蜂屋幸。幸せって書いてサチて読むねん。そっちは?」
「兎丸慧」
「とまるけい君ね。なぁなぁ、それってどんな字書くん?」
「どんな字って兎に丸で……慧は説明すんのめんどくさい」
「めんどくさいってマジで言うてる?なんなん、初対面でそんなん言う人初めてやねんけど」
俺の返事に声を出して笑った幸は、骨ばった指で前髪をかき上げた。チラッと見えた左耳につけられたピアスは3つ。小さくても輝くそれは、幸に似合う。
「うさぎにー、まるでー、とまるかぁ……かぁーわいい」
ゆったりと、のんびりと。俺の名前を噛み締めるように呟いた幸が、クイッと口角を吊り上げる。イタズラを思いついたみたいに、すごく楽しそうで悪い笑みだった。
「決定。あだ名は『うさまる』やな!」
「……は?」
「俺のことは幸って呼び捨てにしてくれてええで。そんで、残りのお2人さんは?」
「ちょっと待て。勝手に変なあだ名を付けるな」
俺の文句を軽く流した幸は、拓海と歩からも名前を聞き出していた。拓海のことは「たっくん」と、歩のことは「あゆあゆ」と呼ぶことにしたらしいけれど、歩にはすっげぇ睨まれている。
けれど何も気にせず、幸は笑う。明るくて真っ直ぐな目をして、出会って数分だなんてことを感じさせないフレンドリーさで。歩の鋭い視線にも動じず、怒る俺を軽く受け流しながら、常に笑い続けていた。
「ほんで、本題に戻るけどやな。俺ら5人とうさまる、たっくん、あゆあゆの3人。今日は合わせて8人で遊ぶってこと?」
俺にではなくメイちゃんと呼んだ女の子に確認した幸は、訊ねながら彼女の頭を撫でた。その手慣れた感じに拓海は変な声を上げ、歩はため息をつく。
存在そのものは不自然なくせに、幸の言動はあまりにも自然だった。すっと心の中に入り込んでくる。
「こんなイケメン3人も集めるなんて、なーんか妬けてまうわ。俺、もっと頑張らなメイちゃんに捨てられるやん」
そんなの全く思ってないだろって思ったのは、きっと俺だけじゃない。でも、恋は盲目ってやつらしく、幸に撫でられながらメイちゃんは慌てて否定した。
「そんなことない!」
「えー。ほんまに?嘘つけへん?」
「つかない!」
「じゃあ、今すぐ俺のこと好きて言うて安心させて。せやないと、不安で不安で泣いてまうかもしれへん」
絶対に思ってないことを、絶対に思ってない様子で言う幸。普通なら誰も騙されないはずなのに、もう一度言うけれど『恋は盲目』だ。場所がどうとか、周りがどうとかなんて関係ないらしい。
「幸のことだけが好き!」
はっきりと宣言した彼女に、幸は蕩けるような笑顔を見せた。でも、その後すぐ真顔に戻ったことに俺は気づいてしまった。
それは一瞬の出来事。すぐに消し去った幸にメイちゃんは夢中で、幸が「俺も」だなんて返すから、居た堪れなくて。
どうにかして帰る方法を探す俺と、完全に無関心を貫いて黙り込む歩と。そんな中、拓海だけは目を輝かせて幸を見つめていた。
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