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 俺と彼女の視線が同時に胸元へと向かって、それから数秒。慌てて手を離した俺と、慌てて身体を退いた彼女と、今度は正面から視線がぶつかる。 「あっ、えっ……その、違う!これは違うから!」  真っ先に出た言葉が『違う』だなんて、冷静な時なら疑わしいってわかる。けれど今の俺はパニックの中のパニックにいて、もう頭は真っ白で、とにかく否定しなきゃいけないとしか考えられなかった。  だから違うと繰り返す。それしかできない。  何が違うのか、どう違うのか、説明しろと言われても無理だ。 「本当に、本当の本当に違うから!」  手だけじゃなく頭まで振って否定すると、俺の隣に立ったのは拓海だった。 「慧も男だったんだな。俺、ちょっと安心した」 「安心って何が?!」 「だって急なことだったとはいえ、触ったのが……ほら、その……おっ」 「言うな!その単語を俺の前で出すな!!」  人前で口にするようなことでないのは拓海もわかっているのか、言いづらそうにする。そんな顔をするぐらいなら言わなきゃいいのに、言ってしまうのは拓海の性格なのかもしれない。  だとしても、絶対に言わせない。言わせてたまるもんか、と俺は拓海を睨みつけた。 「狙ってなんかじゃないからな!触りたいだなんて、ちっとも思ってないから!」 「慧。そこまで必死に否定したら、余計に変だと思われるよ」 「拓海が俺を怪しい目で見るからだろ。俺はお前と違って、女の身体にも女自体にも興味ない」 「それはそれで大問題だと思うけど……ってほら、慧が爆弾発言するから、みんな笑っちゃってる」  拓海に言われて初めて気づいたけれど、俺がぶつかった子の他にも女の子がいた。その数は4人。みんな同じ制服を着ているってことは、俺たちみたいに同じ学校の友達で間違いないだろう。  変わった襟のブラウスに赤いリボンを巻いて、スカートは紺色。初めて近くで見るセーラー服に興味津々なのか、拓海が凝視している。 「いてっ!」  そんな拓海の後頭部を叩くと、パシンという軽快な音と共に短い悲鳴が上がった。 「急になんで叩くの?!慧、最近ますます怒りっぽくない?!」 「拓海がジロジロ見てるからだろ。すっげぇ失礼だって、お前わかんないの?」 「ジロジロじゃないし!チラチラだし!!」 「どっちも悪い」 「だってセーラー服なんだよ!俺ら男子校だから、こんな時じゃないと近くで見れないじゃん!」 「お前は彼女いるだろ。なんの為に俺たちにプリクラ撮ろうって頼んでたんだよ」  いつものように言い合う俺たちに、周りの笑い声が増える。俺が胸を触ってしまった子も笑っていて、少しだけ安心して見つめていると不意に目が合った。  睨まれるかと思ったのに、その子は笑ってくれた。 「こっちこそ周りが見えてなくてごめんね。お互い、さっきのは無かった事にしよ」  騒ぐ俺たちを遮って聞こえた声は、普通に女の子の声だった。普通以上でも以下でもなく、特別なんとも思わない。少しだけ違和感が混ざるのは、きっと俺が女の子が苦手だからだ。 「あ、うん。でもその、最後にごめん。さっきは」  順番がぐちゃぐちゃながらも告げると、その子は笑って頷いてくれた。これで一安心だ。  ……と、思ったのに。 「私たち、近くの高校に通ってるんだけど、そっちも高校生?さっき男子校がって聞こえたから」  彼女たちと違って、俺達は私服だ。だって今は夏休みだから。 「うん、そう」  彼女の問いかけに俺が頷くと、視線が俺から拓海、そして黙って傍にいた歩へと動く。そしてまた俺に戻ってきた。 「男3人で遊んでるの?それとも、みんな彼女と一緒?」  あまりにも自然体で聞かれて、俺の感覚は麻痺しちゃったんだろう。初対面だとかは頭から抜け去って、答えるのが当然だと思ってしまったのだから。 「俺たち3人だけ」 「じゃあ、3人でアレを撮ろうとしてたの?」  そう言って指さされたのは、さっきまで揉めていた話題のプリクラってやつ。首を横に振る俺と、縦に振る拓海を見比べた彼女が選んだのは、拓海の方だった。 「じゃあ一緒に撮ろうよ。私たち人数が合ってなくて、どうするか悩んでたから助かる」  相手は女の子が4人。人数が合わないってどういう意味か訊ねる前に、その理由がわかる。 「こっちはこの4人と、あとは向こうに座ってる……──さち!」  『サチ』と呼ばれたソイツがこちらを振り返る。華やかな場所なのに1番に目立つ赤い髪色と、その後に現れた顔。  俺が出会った人間の中で顔が良いのは間違いなくリカちゃんだけれど、それに負けないぐらいのレベル。リカちゃんが夜だとするとソイツは朝で、2人はまるで正反対だ。  そんな朝が似合いそうな男の目が俺たちを映し、ふにゃりと柔らかくなる。 「めーっちゃほっとかれたから、忘れられてもうたと思ったやん。寂しすぎて帰るとこやったんやで」  鮮やかでキラキラしてる真っ赤な髪色に似合う、満面の笑み。それを浮かべて手を振るのは、正真正銘の美形……の男だった。  なぜ関西弁なのかは、今のところまだわからない。

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