81 / 128
3
***
「お願いお願いお願い!一生のお願い!!」
両手を合わせて頼み込んでくる拓海を前にして、俺は小さくため息をついた。どう言って断ろうかと考える俺の隣で、全く考える素振りを見せずに歩が口を開く。
「黙れチビ。お前、昨日も一生のお願いだって言って、慧にジュース奢ってもらってただろ」
「昨日はたまたま財布を忘れただけ!そうだ!昨日の礼に奢るから!!ついでに歩の分も俺が出す」
「お前はどれだけ必死なんだよ……ってか、奢りでも無理」
「歩は黙ってて!なぁ頼むよ、慧!!」
歩に突き放された拓海が、俺の服の裾を掴み懇願してくる。けれど、どれだけ頼まれても俺だって嫌なものは嫌だ。
「え、俺も無理。礼なんて要らない」
「そんなこと言うなって!俺と慧の仲だろ?!」
「拓海の言ってることよくわかんないし、そういう仲なら俺は今日から拓海とは赤の他人だから」
「赤の他人?!ただでさえ慧は友達がいないのに、俺までいなくなったらどうすんの?!」
本気で驚いている拓海を見て、ふつふつと怒りが湧く。けれどさすがに今は大きな声を出すわけにはいかない。なぜならここは外で、今日は久しぶりに3人揃って遊びに来ていて、既に悪目立ちしているからだ。
その理由は、目の前に見える未知への入口にある。派手にライトアップされたそこを指さし、拓海の訴えは続く。
「本当の本当に、本気の本気で!!俺は2人にお願いしたいんだよ!!」
今日も見事に髪を立たせた頭を、深々と下げる拓海に俺は困った。それは拓海が必死過ぎるのと、でも嫌だと思う自分の気持ちで揺らいでいるから。
しかし揺らいでいるのは俺だけだ。俺の隣に立つ歩は、拓海を見ることなく言う。
「知るかよ。お前が本気かどうかは関係ない。俺が嫌だつったら嫌、それだけ」
「歩は鬼か?!なあ、友達がこれだけ頼んで、頭まで下げてるのに断るのか?!」
「あ、頭下げてたんだ?悪いな、小さすぎて見えてなかった」
「また悪口言う!!お前は心も口も極悪だな!なぁ慧っ、慧は違うよな?!」
俺だってさっきから嫌だと連呼してるのに、拓海の心は折れない。と言うか、折れるわけにはいかないってのが正しい。
「だってさぁ。約束しちゃったんだよー……慧と歩と、3人でプリクラ撮ってくるって。今の彼女がさぁ、他校の子なんだけど。2人のこと見てみたいって……彼女の周りで彼氏のプリクラを交換し合うのが流行っててさぁ。頼まれちゃったんだもん」
拓海には最近になって彼女ができたらしい。紹介してもらった子とやっと付き合えて、その子の願いを叶えてやりたい……とか、なんとか。
正直そんなことは俺には無関係だって思う。でも、それと同じぐらい拓海の恋が上手くいけばいいとも思う。
少し前までは、こんな風に考えはできなかった。それができるようになったのは、リカちゃんと付き合ってからだ。
意地悪をされつつも甘やかされている自覚はあるし、厳しいけれど優しいところもある。言葉と態度で『好き』を伝えられて、俺は……まあ………幸せ、なんだろう。だから拓海にも、上手くいってほしい。
ほしい……のは本当なんだけど。
だからって男3人で写真なんて撮りたくないし、それをシールにするのも意味がわからないし、そもそも中に入るのが無理だ。自他ともに認める女嫌いの俺が、女だらけの場所に突っ込んで行くなんて自殺行為でしかない。
「拓海、悪いけどやっぱり俺も無理」
友情と感情を天秤にかけた俺は、自分の感情を選んだ。
歩ほどではないけれどハッキリと断ったと同時、誰かと肩がぶつかった。コーナーの入口ぎりぎりの所に立っていた俺は、その勢いのまま中へと押し込まれ、1番手前にあった機械のそばへとよろけて行ってしまう。
そこには順番待ちをしているグループがいて、まるで導かれるように俺の身体は吸い寄せられてしまって……。
「──きゃっ!!」
間近に聞こえる高い声での悲鳴。普段は男だらけの生活をしている俺にとって、馴染みのないものだ。それから次に感じたのは、何かはわからないけど甘い匂いと、それと。
「なっ、あっ……ごめん!」
咄嗟に謝って体勢を立て直そうと手をつけば、すぐに何かに触れた。柔らかくて、でも弾力があって、丸くてそこそこ大きい何か。俺には……拓海にも歩にもない、その『何か』。
俺の右手が触れるものを見た拓海は驚き、大きく目を見開く。その隣に立っている歩は、愉快そうに目を細め、器用に口笛を吹いた。
2人のどちらが言ったのかは、正直わからない。突然の出来事、突然の状況にパニックになって、頭が真っ白だったから。
「うーわ、慧が人前でおっぱい揉んでる」
俺の右手は、見ず知らずの彼女の胸をしっかりと包み込んでいた。
書籍の購入
ともだちにシェアしよう!