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 *** 「お願いお願いお願い!一生のお願い!!」  両手を合わせて頼み込んでくる拓海を前にして、俺は小さくため息をついた。どう言って断ろうかと考える俺の隣で、全く考える素振りを見せずに歩が口を開く。 「黙れチビ。お前、昨日も一生のお願いだって言って、慧にジュース奢ってもらってただろ」 「昨日はたまたま財布を忘れただけ!そうだ!昨日の礼に奢るから!!ついでに歩の分も俺が出す」 「お前はどれだけ必死なんだよ……ってか、奢りでも無理」 「歩は黙ってて!なぁ頼むよ、慧!!」  歩に突き放された拓海が、俺の服の裾を掴み懇願してくる。けれど、どれだけ頼まれても俺だって嫌なものは嫌だ。 「え、俺も無理。礼なんて要らない」 「そんなこと言うなって!俺と慧の仲だろ?!」 「拓海の言ってることよくわかんないし、そういう仲なら俺は今日から拓海とは赤の他人だから」 「赤の他人?!ただでさえ慧は友達がいないのに、俺までいなくなったらどうすんの?!」  本気で驚いている拓海を見て、ふつふつと怒りが湧く。けれどさすがに今は大きな声を出すわけにはいかない。なぜならここは外で、今日は久しぶりに3人揃って遊びに来ていて、既に悪目立ちしているからだ。  その理由は、目の前に見える未知への入口にある。派手にライトアップされたそこを指さし、拓海の訴えは続く。 「本当の本当に、本気の本気で!!俺は2人にお願いしたいんだよ!!」  今日も見事に髪を立たせた頭を、深々と下げる拓海に俺は困った。それは拓海が必死過ぎるのと、でも嫌だと思う自分の気持ちで揺らいでいるから。  しかし揺らいでいるのは俺だけだ。俺の隣に立つ歩は、拓海を見ることなく言う。 「知るかよ。お前が本気かどうかは関係ない。俺が嫌だつったら嫌、それだけ」 「歩は鬼か?!なあ、友達がこれだけ頼んで、頭まで下げてるのに断るのか?!」 「あ、頭下げてたんだ?悪いな、小さすぎて見えてなかった」 「また悪口言う!!お前は心も口も極悪だな!なぁ慧っ、慧は違うよな?!」  俺だってさっきから嫌だと連呼してるのに、拓海の心は折れない。と言うか、折れるわけにはいかないってのが正しい。 「だってさぁ。約束しちゃったんだよー……慧と歩と、3人でプリクラ撮ってくるって。今の彼女がさぁ、他校の子なんだけど。2人のこと見てみたいって……彼女の周りで彼氏のプリクラを交換し合うのが流行っててさぁ。頼まれちゃったんだもん」  拓海には最近になって彼女ができたらしい。紹介してもらった子とやっと付き合えて、その子の願いを叶えてやりたい……とか、なんとか。  正直そんなことは俺には無関係だって思う。でも、それと同じぐらい拓海の恋が上手くいけばいいとも思う。  少し前までは、こんな風に考えはできなかった。それができるようになったのは、リカちゃんと付き合ってからだ。  意地悪をされつつも甘やかされている自覚はあるし、厳しいけれど優しいところもある。言葉と態度で『好き』を伝えられて、俺は……まあ………幸せ、なんだろう。だから拓海にも、上手くいってほしい。  ほしい……のは本当なんだけど。  だからって男3人で写真なんて撮りたくないし、それをシールにするのも意味がわからないし、そもそも中に入るのが無理だ。自他ともに認める女嫌いの俺が、女だらけの場所に突っ込んで行くなんて自殺行為でしかない。 「拓海、悪いけどやっぱり俺も無理」  友情と感情を天秤にかけた俺は、自分の感情を選んだ。  歩ほどではないけれどハッキリと断ったと同時、誰かと肩がぶつかった。コーナーの入口ぎりぎりの所に立っていた俺は、その勢いのまま中へと押し込まれ、1番手前にあった機械のそばへとよろけて行ってしまう。  そこには順番待ちをしているグループがいて、まるで導かれるように俺の身体は吸い寄せられてしまって……。 「──きゃっ!!」  間近に聞こえる高い声での悲鳴。普段は男だらけの生活をしている俺にとって、馴染みのないものだ。それから次に感じたのは、何かはわからないけど甘い匂いと、それと。 「なっ、あっ……ごめん!」  咄嗟に謝って体勢を立て直そうと手をつけば、すぐに何かに触れた。柔らかくて、でも弾力があって、丸くてそこそこ大きい何か。俺には……拓海にも歩にもない、その『何か』。  俺の右手が触れるものを見た拓海は驚き、大きく目を見開く。その隣に立っている歩は、愉快そうに目を細め、器用に口笛を吹いた。  2人のどちらが言ったのかは、正直わからない。突然の出来事、突然の状況にパニックになって、頭が真っ白だったから。 「うーわ、慧が人前でおっぱい揉んでる」  俺の右手は、見ず知らずの彼女の胸をしっかりと包み込んでいた。

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