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「慧君のエッチ。こんな誘い方、誰に教わったんだろうね?」  楽しそうに笑うリカちゃんの顔が近づいてくる。でもそれは、俺の期待を裏切って思っていた場所とは違うところに触れた。俺の顎にキスをしながら、リカちゃんが続ける。 「ねぇ慧君。今日は校長も教頭も休みだって言ったら、どうする?」 「え?」 「夏休みに入って授業もなくて、学校に行ってもあるのは簡単な作業と生徒会顧問の仕事だけ。話の長い教頭がいないから朝の職員会議もない。それなら、別に1日ぐらい遅く出勤しても誰も責めないと思うけど?」 「それって……」  不意に視界に入ったスマホ。リカちゃんと一緒に寝るようになって、アラームを設定しなくなったそれ。その液晶に映る時間は、いつもリカちゃんが家を出る時間だ。  でも、リカちゃんはのんびりとしている。家を出る時間ギリギリに俺を起こし、早く起きろと急かしたりもしない。その上、こんな悪戯をしかけてきた。 「リカちゃん。もしかしてお前、初めから遅刻する気だった?」  自分に厳しいリカちゃんは遅刻なんて絶対にしない。俺は、こいつが遅れるところなんて1度も見たことがない。  つまり、こうなることは初めから決められていた……ってわけで。 「こんな暑い中、学校に来る生徒たちは制服を着なきゃいけない。それなら、俺1人ぐらいはスーツを着るべきだと思うけどね。先生だから涼しくて楽な服を着ていいんだなんて、教師のエゴでしかないだろ」  そう言いながらリカちゃんはネクタイを外した。せっかく綺麗な形に結ばれていたのに、ベッドの下に落としてしまう。  上から1つ、また1つと器用な指がボタンを外していく。3つ目を外した終えると中から骨ばった鎖骨が見えて、そこには俺が付けた赤い痕がある。昨日の夜、リカちゃんにからかわれながら必死で付けたキスマークだ。不器用な俺が何度も挑戦して、吸い過ぎて痛いって言われたそれだ。  その痕に触れると、リカちゃんが笑う。 「昨日の慧君が激しすぎて、まだ痺れてる気がするんだけど」 「これ、そんなに痛かった?少し腫れてる」 「すっごく。痛くて痛くて、昨日の夜のこと思い出して仕事になりそうにないぐらい」 「……その言い方は嘘くさいけど、痛かったなら悪い」  僅かに膨らんでいる痕を指先でなぞると、俺のその指をリカちゃんの手が攫ってしまう。軽く絡めるようにして誘われたのはリカちゃんの口元で、優しい仕草で唇が俺の指の背をなぞる。  いつも意地悪なことを言って俺をからかう唇。  嘘なのか本当なのかわかりづらいことを言っては、俺を困らせる唇。  リカちゃんの器用でずるくて、でも優しい唇が俺の指を食んで、吸って、舐めてを繰り返す。 「と、言うことで慧君。慧君の熱が伝わって、俺も熱くなってきたみたい」  リカちゃんが俺の手に頬を摺り寄せながら甘えて言った。せっかく着た服を着崩して、せっかく締めたネクタイを外して、わざわざ意地悪な言い方をして。本当は初めからこうする気だったはずなのに、わざと遠回りをしちゃうリカちゃん。  俺が嫌がっても聞いてくれないけど、俺の言うことは何も聞き逃さないリカちゃん。  この面倒くさくて鬱陶しくて、でも優しい男が俺の先生で、俺の好きな人で、俺の恋人だ。 「……仕方なく、だからな。お前が変な事思い出してニヤニヤするのも嫌だし。それを誰かに見られるのも嫌だし、だから……っ、これは本当に仕方なく付き合ってやるだけだからな」  促されるまま素直に腰を上げてやると、リカちゃんの手は俺からボトムスと下着を取っ払ってしまう。 「とか言って、慧君もノリノリだよな。だって触ってもないのに勃ってるんだから」 「こんなのは男の生理現象だ。勝手なこと言うな変態」 「ああ、朝の陽ざしを浴びる慧君の慧君も愛らしいね。夜に見るのとは全然違う」 「お前はバカか。朝も夜も、昼も変わんねぇよ」  自分だって同じようなモノを持っているくせに、リカちゃんは勃った俺のそれを見て微笑む。こんなものの何が愛らしいのか、リカちゃんの頭の中は今朝も意味不明だ。    きっと俺は、一生かかってもリカちゃんの考えてることを理解できないだろう。少し悔しいけれど、でも今はそれどころじゃない。  目の前で笑う黒い瞳。俺の名前を呼ぶ声、俺に触れる指。全てを俺にくれると言ったリカちゃんに手を伸ばし、小さな声でねだる。 「いいから早くしろよ。熱くて熱くて、このままじゃ俺まで変になる」  かぶさってくる身体の重みを感じながら思ったのは、俺もとっくに変になってるってことだ。だって、こんな風にリカちゃんに振り回されることを、俺は嫌だと思えないんだから。    こうして今日もまた、俺の1日は始まる。  

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