96 / 128

18

「ねぇ慧君」  身を屈ませ、俺の耳元でリカちゃんは続ける。 「俺はね、慧君と連絡がつかなくてすごく心配した。やっと帰ってきたと思ったら隠し事をして、俺の知らない匂いを纏ってきて……胸が苦しくて潰れるかと思った」  切ない声に振り返ると、肩越しに目を伏せたリカちゃんが見えた。本当に心配させ、本気で悲しませたんだとわかって胸がツンと痛む。 「リカちゃん……俺」 「いいんだ。別に何かの事件に巻き込まれたり、慧君が怪我さえしていなければ。夏休みなんて休むためのものなんだから、少しぐらい羽目を外したって構わない」  怒られて仕方ないことを俺はした。きっとリカちゃんは今日も晩飯を作ってくれていただろうし、連絡だって何度もくれたはずだ。充電が切れていたなんてのは、言い訳にしかならない。  そう考えると、どうしようもなく罪悪感が募ってきて、俺まで辛くなってしまって。目を伏せるリカちゃんに手を伸ばすと、前髪を上げてやる。現れた黒い瞳に映る自分と目が合って、決めた。 「実は……そんなに、大したことじゃないんだけど」  前置きから始まったのは言い訳だ。  偶然出会ったやつらと遊んで、でも俺は乗り気じゃなかったこと。女の子だっていたけど連絡先も教えてないし、なんなら話だって、ほとんどしていないこと。  歩に教えてもらって急いで帰ってきたこと。隠すつもりなんてなかったこと。  言いづらいことは言葉を濁しながら告げると、俺が言い終えた瞬間にリカちゃんの目が変わった。  悲しそうな、辛そうな、そして切なそうな目から恐怖の瞳へと。にっこり微笑みながらも温もりの感じない瞳へと、変身した。 「…………リカ、ちゃん?」  明らかに様子のおかしくなったリカちゃんを呼ぶと、返事は返ってこない。けれど、俺は見てしまった。リカちゃんの瞳の奥が怪しく光ったのを。  リカちゃんと付き合って半年ぐらい。俺にとっては短くも長くもない月日の中で学んだことがある。  ──これは……この感じはヤバいやつだ。  咄嗟に逃げ出そうとベッドから飛び降りる。動いたと同時に尻から零れた何かが……例のアレが肌を伝ったけれど、気にしていられない。  脱ぎ散らかした服もそのままに扉へと向かえば、開けようとしたと同時に囲いこまれた。俺を追いかけてきたリカちゃんが真後ろにいる。  悔しいけど、この扉は押し開けるんじゃない。こちら側からは引くんだ。だから、リカちゃんに押さえつけられていては開けることができない。  ラスボスと戦うのに、装備がパンツ一丁じゃ負けるのは目に見えていた。 「えーっと……俺、風呂に入りた」 「却下」 「それから喉が乾いたような気がしないでもないような、するような、ないような……するような」 「慧君。後で嫌というほど飲ませてあげる。上から下から、色んなモノをね」  隠し持っている馬鹿力を発揮したリカちゃんは、俺の身体を抱え上げた。いくら俺が細いとはいっても、男子高校生を持ち上げるなんて大変なはずだ。  それなのにリカちゃんはふらつくこともなく、ズンズンと進む。ベッドまでの僅かな距離を数秒で詰め、また舞い戻ってきたシーツの上に放り投げられた。 「リカちゃんが俺を雑に扱いやがる……」  今までの過程とこれまでの経験から、この後の展開はわかっている。そして自分がそれを避けられないことも、嫌でも承知している。  だからせめてもの抵抗に文句を言って、睨んで、後退りまでして。結局どれも効果はないのだけれど、思いつく限りの反撃を試みた俺は、やっぱり効かなくて落ち込んだ。  どんな時でも、リカちゃんには敵わない。 「さて、慧君。ここからは、さっきよりももーっと楽しいコトしようね」  優しい言葉と優しくない手つき。お仕置きの意味も込めて伸ばされたリカちゃんの手は、俺の弱いところを責めていく。少しだけ痛くて、けど気持ちいい力加減で。  耳から始まった意地悪な指使いは、焦らして、焦らして、これでもかってほど焦らされて。ようやく肝心なところにたどり着いた時には、俺はもう夢と現実の境目がわからなくなっていた。 「アッ、やぁ……んんっ、んあっ、ひ、んぅ」  奥のもっと、もっと奥でリカちゃんを受け止めながら思ったことは1つ。  (もう絶対に誰かに流されたりなんかしない!)  ……だったのだけれど。  極度の人見知りで人間嫌いなくせに、悲しいことに俺はすっげぇ流されやすい。リカちゃんに散々苛められて決めたはずの誓いは、それから数日後に破られることになる。 「あー、どこのイケメン君かと思ったら、うさまるやん。おーひさー」  口調も緩々、頭も緩々。それから女関係はもっと緩々な蜂屋幸によって。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!