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 夏休みになったからって急に友達が増えるなんてことはなく、歩と拓海がバイトに行ってしまえば、俺は1人だ。2人以外に友達はいなくて、だから遊ぶ相手もいない。  今日も昨日と同じように家でゲームをしようと思ったけれど、なんとなく外に出たい気分になり、簡単に準備を済ませて家を出た。  けれど目的なんて特になくて、適当にブラブラするだけ。何が欲しいわけでもないし、腹だって減ってない。だからかもしれない。家を出て1時間もしないうちに、どうして外出したかったのかさえ、わからなくなった。 「暑い……人が多い。うぜぇ」  右を見ても左を見ても、前にも後ろにも人。それから人、また人。  みんな喜んで外に出なくてもいいのに、どうして人は出かけたがるのか。仕事の人は仕方がないとしても、こんなにも人が多いと嫌になる。ただでさえ暑いのに、そこに他人の体温まで加わっているかと思うと吐きそうだ。  まるでリカちゃんの潔癖症が移ったみたい。前までなら気にならなかった『他人』が、今日はやたらと気になる。 「暑いのもうざいのも、絶対あいつのせいだ。あの変態野郎、余計なことしやがって」  本人が聞いてたら理不尽だって笑うようなことでも、今ここには俺しかいない。だから何を言っても俺の自由だ。 「リカちゃんの性悪、ドS、顔だけ男。あとはそれから潔癖、顔だけ……って、これは2回目か。ダメだ、暑すぎて死ぬ」  上手く回らない頭をなんとか動かして、駅前のビルまで移動した。家に引き返すよりも近かったからだ。けど、問題はここからで……。 「家まで帰れる気がしない。ダメだ、帰れない」  来た道を振り返ると、太陽が道路を照らしていた。  ここまでくれば攻撃されてるようなものだ。しかも攻撃力をMAXまで上げ、アイテムまで使っての最大攻撃。そんな道を歩いて帰るなんてできず、俺はビルの中へと入った。  友達同士とか、彼氏彼女とか。見渡す限り1人なのは俺だけで、早足で進む。ラッキーなことにすぐに見つかったエレベーターに乗り、目指すは上の階にある本屋。  俺は、比較的1人でも浮かない場所へと逃げることにした。なんて頭の良い作戦だろう。  って思ったのだけど。 「うわ、ここも人が多い……」  俺の作戦は半分は成功した。なぜなら、確かに1人でも浮かないからだ。でも残りの半分は失敗だった。それは1人でも浮かない理由と関係がある。  大きな本屋にはたくさんの人がいる。俺と同じように1人で来たやつもいれば、何人かのグループもいるし、小さな子供と母親の組み合わせだっていた。もしかしたら、このビルの中で1番賑わってるのかもしれない。そう思ったぐらいだ。  そんな風に人で溢れる店内を、今日は誰かにぶつからないよう、警戒しながら歩く。何か面白そうなマンガを探すためにコミックのコーナーへと向かうと、集めているシリーズの棚の前に立った。 「これ、まだ新しいの出てないのか……続き気になってるのに」  欲しかったものが見つからず、少し残念に思いながらも視線を移した時だった。  たまたま。偶然。本当に意識せずに視界に入ってきたもの。それは、鞄の中に本を隠した男の姿だ。俺と同じぐらいの年齢で、俺と同じぐらいの身長。だから多分、そいつも高校生だろう。慣れたような手つきで鞄の中に本を入れたかと思ったら、その隣にあったものも同じようにした。  俺が見ているだけで2冊。大胆な行動に目を離せずにいると、最悪なことにそいつと目が合った。  まるでバチって音が聞こえるぐらい、どう考えても合ってしまった。 「うわ」  どっちが声に出したかはわからないけど、その男と、恐らく俺もそれしか言えなかった。  そうして他に言葉が見つからないまま数秒が経過し、先に動いたのはそいつだ。 「なに?」  盗ったところを見られていないと思ってるのか、それはわからない。けれど、男の雰囲気から伝わってくるのは『別に見られてたって構わない』って様子だ。 「なんでこっち睨んでんの?」  元々、こういう目をしているって言っても遅いだろう。それに言うつもりだってない。出来ればお互い何も知らないまま別れたかったのに、それは許されないらしい。  男の目が俺のことを警戒してるからだ。 「別に睨んでなんてない……けど」  一応は言ってみたセリフに返ってきたのは、やっぱり。 「は?がっつり睨んでるだろ。調子に乗ってんじゃねぇぞ」  調子っていうのは、どんな乗り物ですか?1人乗りですか、2人乗りも可能ですか?  ……なんて聞いたら確実に怒らせる気がして、言葉を飲み込む。そうして黙りながら思ったのは、どうして俺は外になんか出ちゃったんだってことだ。  全く興味なんてないのに、万引き犯に目をつけられた俺は、ここから逃げられない。  

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