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 目つきが悪い自覚はある。でも、それは持って生まれたものだから仕方ないって諦める。だから俺はこの男を睨んでるわけじゃなく、ちょっと見ちゃっただけだ。興味なんてないし、別に注意するつもりもない。俺はそこまで正義感に溢れてるわけじゃない。  じゃあ、俺の何が『調子にのってる』んだろう。何も喋ってない状況で、見た目だけでそう判断されちゃったらどうすればいいんだろう。考えて、とりあえず出た答えはこれだ。 「ごゆっくり」  何も見なかったことにして勢いよく振り返る。背中の向こうでそいつがどんな顔をしてるかなんて、知らないし知る必要もない。  余計なことに関わりたくなくて1歩踏み出すけれど、2歩目は続かなかった。前に進むはずの身体が、何かに引き留められる。 「待てよ」  何かの正体は1つ。いや、1人。見逃してやったはずの万引き野郎が、なぜか俺の肩を掴んでいた。 「お前、店員にチクる気だろ」 「そんなこと……」  ないとは断言できない。本人を注意することはしなくても、その辺の店員にそれとなく伝えることは有り得る。だから言い淀んでしまった俺に、万引き野郎が向ける視線は鋭い。 「ほら。やっぱりチクる気だったのかよ」 「いや、別に」 「人に頼るなんて男のくせにダサすぎ」  どうして万引き犯に責められるのかはわからない。けれど、相手は人の物を盗むようなやつだ。まともに相手しても面倒くさいだけで、きっと良いことなんて1つもないだろう。 「ってか、その手退けろよ」  掴んできた手を振り払い歩き出す。でも今回も2歩目が続かなくて、また先へと進めない。 「しつこい!俺は何も知らない、何も見てない、どうでもいいって言ってんだろ!」  この場から去りたい俺と、それを許さない男。お互いに譲れない中、俺たちの攻防は続く。チクられるのが困るなら初めからしなきゃいいし、そもそも万引きは犯罪だ。だから俺は悪くないのに、どうして俺がこんな目に遭わなきゃいけないのか。  色んなこと気に入らなくてイライラするし、初対面のくせに偉そうに言われてイライラするし、とにかく鬱陶しい。男の言葉も態度も、雰囲気も全てが嫌だった。 「いい加減にしろ!」  振り払うために力を込めて押すと、万引き犯はふらついて本棚にぶつかり、その拍子に鞄からは漫画が何冊か落ちた。どれも本屋特有の透明のカバーが付いた新品だ。 「……あ」  万引き野郎が咄嗟に拾おうとしたけれど遅い。俺はもう見てしまったんだから。 「ってか、バレて困るなら初めから盗らなきゃいいのに」  俺が呆れて言うと、どうやらそれは余計なことだったらしい。殺気の混じった目で睨まれ、着ていたTシャツの襟を掴まれた。 「お前、さっきから偉そうに何だよ」  これでもかと睨みつけながら言う男に、俺も同じように睨み返す。 「偉そうにしてたのはそっちだろ。泥棒のくせに」 「は?俺がいつ何を盗んだって?」 「その鞄の中に何冊も入ってんじゃん。それとも鞄とカゴを間違うぐらいバカなのか?」  いつもリカちゃんに俺は喧嘩っ早いと説教されるけど、今日もそれは変わらない。思ったことをそのままに告げてしまう口がよく動く。素直になりたい時にはなれないのに、喧嘩になると活躍するのは困ったもんだ。  そうして俺の口は男を怒らせることに成功した。不幸なことに、こいつも喧嘩っ早いらしい。 「お前やんのか?」 「なにダサいこと言ってんの?いいから早く離せ」 「口だけとか、そっちの方がダサいだろ」 「人の物を盗むような手なら、俺は口だけでいい。そんなの要らない」  イッショクソクハツ。残念ながら漢字では書けないけど、多分その通り。どうしようもない状況で、俺はため息をついた。  でも、それは間違っていたらしい。 「っ!……場所変えるからついてこい。逃げんなよ」  最後の引き金を引いてしまったようで、万引き野郎が本棚を蹴った。その音で騒ぎを聞きつけた店員がやって来るのも時間の問題……と、思っていたら。 「あー、どこのイケメン君かと思ったら、うさまるやん。おーひさー」  やって来たのは焦った店員ではなく、呑気に手を振っている幸だった。しかも、今回もまた女連れで。

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