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 特にやましい気持ちがあるわけじゃないけど、なんとなく気まずい。自分の家に友達を呼んだだけなのに、なぜかソワソワしてしまう。そんな今の状況を例えるのなら、いたずらしたのがバレた後のような感じ。  それだけの事。それなのに向けられるリカちゃんからの視線が痛くて、お互いに無言の空気も痛くて、何かを耐える為に握った手も痛い。ただの友達で、歩や拓海も一緒に遊んでるって言えば済む話なのに、それを正直に言わないのは言えないんじゃなくて言いたくないからだ。  俺に隠し事をしていたリカちゃんに、仕返したいって気持ちがあるからだ。そんなことをしたところで、何がどうなるんだって聞かれても知らない。やられっぱなしは性に合わなくて、小さなことでいいからやり返したい。そんな子供っぽい気持ちが、この嫌な状況を引き延ばしてしまう。 「それで慧君。今のは誰?」  黙ったままの俺に問いかけてくるリカちゃんの声。自分からは言い出せない俺にチャンスをくれるのに、俺はそれを無駄にする。 「だから友達だって言ってんじゃん」 「バイトもしてない、塾にも通ってない慧君が学外でどうやって友達作んの?慧君、自分からコミュニケーションとっていくタイプじゃないでしょ」 「たまたま仲良くなっただけだし。本当に、たまたま仲良くなっただけ。特別なことなんてない。普通普通」 「たまたま、ねぇ。その言い方だと、普通ではないって自覚してるように思うけど」    あえて2回続けたのがダメだったみたいだ。冷ややかだと思っていたリカちゃんの目が、それどころじゃなくなったから。冷蔵庫から冷凍庫へ移動したのかと思うほどに冷えた空気に、背中がゾクゾクして自然と背筋が伸びる。  無理、いや無理。これはマジで無理って、心の中で何度も無理と繰り返したところで、目の前を何かが勢いよく横切った。引き際を知らなかった俺を囲うように、リカちゃんが壁に手をついた。 「リ、カちゃん?」 「何」 「何って。その、リカちゃん?」 「だから何」  俺の呼びかけにゆっくりと顔を上げたリカちゃんは普通にリカちゃんで、声もリカちゃんで、間違いなくリカちゃんだ。普段と違っているのは着ている服ぐらいなのに、普段からは考えられない威圧感を放ってやがる。 「慧君さぁ」  今はまだ慧君って呼び方でもその声は低く、張っていた意地がゆるゆる緩んでしまう。  俺は見た目は派手だって言われても、喧嘩なんてマトモにしたことのない男だ。何か文句を言われたら、無視して逃げるタイプだ。戦い方なんて知らない。 「なっ、なんだよ。言いたいことがあるなら言ったらいいだろ」  リカちゃんの圧力に負けて声が震えた。 「慧君」  やっぱりいつもより低い声で、リカちゃんは俺を呼ぶ。 「俺は慧君の交友関係にまで逐一、口出しするつもりはないんだけどね。でも、そうやって隠されると心配にはなる」 「もう口出ししてんじゃん……てか、俺にだってリカちゃんの知らない一面ぐらいあるし。実はコミュ力だって高いかもだし」 「いや、慧君のコミュニケーション能力は底辺だよ」 「底辺じゃない。バカにすんな」 「そもそも知らない一面なんて作らせるような囲い方してないから。慧君に関して言えば、ほぼほぼ把握してある。慧君自身が知らないことも、俺は知ってるから」  何を言われているかよくわからないけれど、言い切ったリカちゃんを見上げる。こういう場面でも見上げなきゃいけない体格差に、内心では「身長縮めクソ野郎」と呟いて。 「は?意味わかんないんだけど。ってか、戻らなきゃアイツ見に来るかも」 「アイツって……随分と親しい間柄なんだ?へぇ」 「あー、今のリカちゃんウザい。女みたいなこと言ってんじゃねぇよ、お前何歳だよ」 「女みたいって、女とまともに会話すらしたことない慧君に言われたくないね」 「俺はリカちゃんと違ってヘラヘラしてねぇからな。お前みたいに言い寄られてもいい顔しないし、紹介されても断る。相手が誰だとか関係ない」 「だからアレは断ったって言ってんだろうが。あのね、本当に人の話はきちんと聞いて」    前髪をくしゃり、と握ったリカちゃんが呆れてため息をつく。かと思えば俺の肩に頭をぽすんと預けてきて、小さな声で呟く。 「もう喧嘩はやめよ。こうやって言い合うのは心臓に悪いし、慧君と喧嘩してるんだって思ったら仕事にならないし、全部放り投げ出したくなる」 「しっかりしろよ先生」 「先生だって悩むし落ち込むんだって。きちんと反省して今後に活かすって約束するから、そろそろ許して」  首元に埋めた顔をグリグリと動かして、甘えるような仕草を見せるリカちゃん。自分の方がずっと年上のくせに、弱ったところを曝け出す姿に、思わず小さく笑ってしまう。 「はぁ……大人のくせに高校生に甘えてんじゃねぇよバカ」  いつの間にかイライラしていた気持ちは消えてしまって、俺はリカちゃんの頭をそっと撫でた。柔らかく絡む髪の毛に、やっぱり俺もこいつが好きなんだと実感したのは内緒だ。

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