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第60話
授業が終わり、後ろの席から立ち上がった拓海が俺に声をかけた。
「慧。帰んねぇの?」
「あぁ、うん……」
ここからは死刑へのカウントダウンが始まる。この後の事なんて考えたくもなくて、何か拓海と話でもして時間を稼ごうとした。
それなのに、タイミングってすれ違う時はとことん違ってしまうらしい。
「拓海。ちょっとついて来て欲しいんだけど」
歩が拓海に話しかける声が遥か遠くに聞こえ、拓海の注意がそちらへと向く。
「俺?それなら慧も一緒に……、」
「俺は拓海に用事があるって言ってんだろ」
「は?!え、なに?」
歩に引きずられるように拓海は連れて行かれてしまった。
またカウントダウンが進む。
10…9…8…7…6…ほら、足音が聞こえてきた。
5…4…3…2…1……
「兎丸君。お待たせ」
時間ぴったりに執行の鐘が鳴る。
傍までやってきた鷹野が、動かない俺の腕を掴んで無理矢理に立たせようとした。抵抗しなきゃって頭ではわかっているのに、力が入らなくて、俺の身体は素直に従ってしまう。
ただ怖かった。
「さ、行こうか」
「……鷹野。家は、嫌だ」
これが、今の俺が出来るせめてもの抵抗。
お前のテリトリーには入りたくない。そこへ行ってしまうと、何もかも同意したようになってしまうから嫌だ、と精一杯の拒否をする。
俺のちっぽけな拒絶を、鷹野は鼻で笑って砕く。
「はぁ?そんなんで逃げられると思う?……じゃあ学校でいいよ」
「い、嫌だ!学校はもっと嫌だ!」
「ワガママ言うなよ。来ないとばら撒くから」
やっぱり執行は免れない。
学校でされるぐらいなら家の方がまだ良かった、と悔やんでももう無意味だ。
リカちゃんとの思い出がある学校でなんて絶対に嫌なのに……それなのに、今さら悔やんでも遅く、鷹野はどんどん俺を引っ張って行く。
そうやって連れて来られたのは、あの美術室。
今日も油の匂いが充満していて数日前の記憶が蘇る。
俺を脅した場所で俺を犯すなんて、卑怯で非人道な鷹野らしい方法に目眩がしそうだった。
「脱げよ」
鷹野の冷たい声が部屋に響き、俺は後ずさる。踵が椅子か何かにぶつかり、ゴトッと音がした。追いかけてくる鷹野はすごく楽しそうだ。
「ほら早く。あぁ、あの人なら脱がしてくれるって?」
「そんなんじゃ……ない」
「いいよ。俺もしてあげる」
俺のネクタイに手がかかり、躊躇う事なくそれは抜き取られた。どんどんとボタンが外され、上半身が開けてゆく。
鷹野の手を止めようにも、自分の身体が自分のものじゃないみたいに重たくて動かない。
ボタンを全開にされ、勢いよく近くの机へと押し倒される
「ッ……痛い」
「ふぅん。想像よりも白いね……でも、あの人の痕が多すぎる」
俺の首元から鎖骨、胸、腹に至るまでリカちゃんの所有痕が残っている。
その1つ1つを鷹野の指がなぞる。鷹野が肌に触れる度に吐きそうなほどの嫌悪感が襲ってくる。
どうして俺がこんなにも嫌がってるのに、鷹野は笑えるのかわからなくて、それがより恐怖心を増す。
「自分のものを奪われた時のあの人の顔…見るのが楽しみだなぁ…」
「お前、絶対おかしいよ」
「そう?大丈夫だよ。ちゃんと兎丸君にも見せてあげるから」
何がそんなに可笑しいのか、声を上げて笑った鷹野が俺の肌に舌を這わした。その瞬間に心臓が凍りつくんじゃないかってぐらい、全身が冷たくなった。
今までにないほど気持ち悪い…気持ち悪い気持ち悪い。
鳥肌が立ち、悪寒の走る身体が震える。それを勘違いした鷹野が、うっとりとした表情で俺を見た。
「なに?もう感じてる?」
「……気持ち、悪過ぎて吐きそう」
「いいね。その反抗的な目。それが絶望で一杯になって壊れるのが楽しみ。」
ピチャピチャと俺の肌を舐め上げる。吹きかかる熱い吐息に吐き気がしそうだった。
そして、とうとう鷹野の手が俺のスラックスにかかる。
ジッパーが下ろされる音に、現実に引き戻された俺は『逃げる』という選択肢を思い出し実行する。
「嫌だ……嫌、だ」
「もう諦めなよ。気持ちよくしてあげるし」
けれど虚しく、簡単に前を寛がされ、全く反応していない性器が引きずり出された。
「いっ……やだ、やだ……」
「そんなの言えるの今のうちだって。だって兎丸は淫乱じゃないか」
『淫乱』
その言葉に涙が流れた。
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