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第59話
***
目が覚めた時、俺は自分のベッドの上にいた。
ベッドサイドに置いてある時計を見れば11時……それも昼のだ。
カーテンを突き抜けて入ってくる光は明るく、薄暗い寝室を少しだけ照らしてくれる。
「どんだけ寝たんだよ…」
情けないことに、昨日から泣いてるか寝てるかばかりしている。どうやら、そこまでして俺の頭は機能したくないらしい。
ふらつく身体を無理に起こし、ベッドから出ると何か少し違和感がした。けれど、泣きながら寝たことによる頭痛が止まず、それは一瞬で考えられなくなる。
「頭割れそう……ダルくて死ぬ」
誰宛でもない文句を言いつつ、ソファに沈む。ベッドからソファに移動しただけで体力の半分を使い切った気がして、目を閉じて無駄に時間を過ごした。
それは30分ぐらいのことのはずなのに、やけに長く感じて、ゆっくりと目を開ける。
少しマシになった頭痛。鮮明になった視界……やっぱり何か違う。昨日と何かが変わったわけじゃないのに、直感的に違うと思った。
その理由を探していると、急に何かが震える音がして、俺は身体を跳ねさせた。その正体は、テーブルに置きっぱなしだった俺のスマホだ。
けれど俺が手を伸ばしたのはその隣にあるものだった。
『今日は体調不良で休み』
それは、たった一行だけ書かれた簡単なメモ。
筆圧の低い綺麗な文字で書かれた紙切れを手に取ると、力が入らなくて床に落としてしまう。すぐに拾い上げて、もう一度見返すけれど、見間違えることはない。
メモがあった隣には、カットされたオレンジにイチゴ、ラップのかかったホットケーキまで置いてある。甘党の俺が好きな食べ物ばかり。
用意された朝食兼昼食を口に含むと、相変わらず美味かった。
そういえば初めてリカちゃんが作ってくれた朝食もホットケーキだった。まだ数日前の事なのに、遠い記憶のように感じる。
そうやら俺が、さっきから感じていた違和感は『リカちゃんが家に居た』というものだったらしい。原因がわかった途端、部屋が昨日よりも綺麗に見える。
メールじゃなく直接ここへ来てくれた事が嬉しかった。
この場所にまたリカちゃんがいた……それだけの事なのに、何とも言えない温かい気持ちになる。
けれど同時に「急になんで?」という疑問が浮かぶ。
もしかしたら桃ちゃんは昨日のことをリカちゃんに話したんだろうか。
鷹野の話を言った記憶はないけれど、泣きじゃくって気づかないうちに零したかもしれない。そう思い、俺は急いで歩に電話を掛けた。
『サボリ魔。何の用?』
数コールしてから、のんびりとした歩の声が聞こえる。
「鷹野は?鷹野来てる?リカちゃんは?」
『鷹野も今日は休んでるけど。獅子原はいつも通りすっげぇ偉そう』
「そう…なら、いい…けど」
不幸中の幸いっていうのは、この事だ。肩の力が抜け、ソファに沈み込んで安堵のため息を吐く。
すると、繋がったままの電話口から歩が俺を呼んだ。
『慧、お前やっぱり鷹野と何かあったんだろ?』
「別に……悪いけどまだ体調良くなくてさ、ごめん」
歩に何か言い返される前に途中で切る。ツーツー、と無機質な音が聞こえ、俺は抱えた膝に顔を埋めた。
「はぁ……良かった」
リカちゃんが鷹野に何か言う事も、鷹野がリカちゃんに何かする事もなくて本当に良かった。
けれど問題は何も解決していない。
どれだけ悩んで、考えて逃げ出したくなっても時間は進む。
……嫌でも明日はやって来る。
翌日の朝、教室に入った俺に真っ先に声をかけたのは鷹野だ。
「おはよ。兎丸君」
目の前のその顔を殴り飛ばしたい。
それが出来ない苛立ちから握った拳に力が入る。
今の俺に出来るのは、我慢して睨むことだけ。精一杯コイツを睨んで、拒絶する。
もちろん鷹野がそれに怯むなんてことはないけれど。
「ちゃんと来たんだ?偉いねぇ」
「…………」
「え、無視?まぁそれも今のうちだけど」
コイツを爽やかだと思ってるやつらに、今までの全部を見せてやりたいと思った。
人の不幸を喜び、絶望に歓喜する顔をアップにして学校中にばら撒きたい。
頭の中では出来るのに、現実では出来ない。
「また放課後にね」
鷹野が俺の元から自分の席に戻って、やっと一息つける。けれどもうすぐHRが始まるから、また俺の我慢の時間がやって来るだろう。
鈍い音を立てて扉が開いた瞬間、俺はスイッチをオフにする。
何も知らない顔をして前だけを見つめる。
「みんなおはよ……って、兎丸。もう体調はいいのか?」
「はい」
「そうか。辛くなったら言えよ」
こうやって教師と生徒という、普通の会話ですら泣きそうになる。
それを堪えて俺は教卓の前に立つ『先生』を見つめた。
今日1日、俺はリカちゃんを見続ける。だって、もう明日から真っ直ぐ見れなくなるだろうから。
もしかしたら学校すら来れなくなるかもしれない。
だから1秒でも長くリカちゃんを見つめる。
笑ってる顔も、澄ました顔も、呆れた顔も絶対に見逃さない。
それが『みんなのリカちゃん先生』だったとしても、もうなんだっていい。
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